2012年3月 3日 (土曜日)

「高齢出産」が困難なことに変わりはない

2月14日のNHKクローズアップ現代で「産みたいのに産めない ~卵子老化の衝撃~」(テキスト部分のみの魚拓はこちら)が放映されて、少なからぬ女性が衝撃を受けたようだが、アンチエイジング、某政治家の人工授精による出産、高齢芸能人女性の妊娠のニュースなどで惑わされて何歳になっても子供は産めるとでも思っていたのだろうか。

高齢芸能人に関しては、妊娠だけがニュースになって目立つから、実際には妊娠しにくいということに気がつきにくいのだろう。また産んだ後の苦労の話はほとんど報道されない。

ところが、3月1日にこんなニュースが登場した。
卵子は次々に作られる、幹細胞の新研究ウェブ魚拓

仮にティリー氏による卵子の幹細胞の存在という「ミクロの現象」が事実だとしても、その発見によって高齢出産が容易になるわけではない。それは長い歴史の中で多くの女性が証明している「マクロの現象」である。

1度に受精できる卵細胞は1つである。卵子が完全に入れ替わる訳ではないから、幹細胞によって新しく生まれた「新鮮な」卵子が常に受精の対象になるとは限らないだろう。

報道によると、ティリー氏も「出産年齢の女性の卵巣にこうした卵子の前駆細胞があることと、年齢を重ねると生殖能力と卵巣の機能が低下するという事実とはまったく矛盾しない」と言っているので、加齢による卵巣の機能低下までは否定していない。

科学的に新たな発見があったとしても、ミクロなメカニズムが書き換えられるだけで、普遍的に見られるマクロな現象を変えるわけではない。もちろん、今回の話題に関して言えば、卵細胞を全て新しいものに置換できるような技術が開発されれば話は別であるが、そういうことではない。

仕事を持っていようが持っていまいが、子供が欲しい女性が20代のうちに安心して出産・育児のできる環境をどうやって実現するか、改めて考える必要があるだろう。例えば専門的な仕事などであれば、出産前後の産休はやむを得ないとして、妊娠中や子育て中の自宅就労などを積極的に採り入れてもよいと思う。そういうことが可能な条件はITなどで揃いつつあるはずである。

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2012年3月 2日 (金曜日)

お天気を伝える側の表現がおかしい

表現がおかしいというよりは、その根本にある捉え方がおかしいのかもしれない。

早いものでもう3月に入ったが、閏日の先月29日にかなりの降雪があった。

テレビのニュースや天気予報では「もう3月になろうとしているのに」という表現が多く聞かれたが、こちらの方が違和感がある。

気象庁のデータで東京の過去の3月の降雪合計を見てみると、2005年に2cm、2004年・2001年・1999年・1993年・1992年・1989年・1985年・1983年・1982年に0cm、1998年に6cm、1996年に0cm、1995年に2cm、1988年に1cm、1987年に5cm、1986年に10cm、1984年に3cmとなっている。(0cmは降雪があったが1cmに達していない)。なお、1988年は4月に9cmの積雪を1日記録している。1981年以前では1973年以降毎年3月に積雪が記録された。データによれば1960年代には4月でも東京に降雪が記録された年が複数ある。

1986年は春分の日に9cmの積雪があった。知り合いの結婚式の日(私は呼ばれていないが)だったので、「3月の大雪」として記憶している。

最近でこそ3月の降雪は少ないが、こうしてみれば3月の東京に雪が降ることはそれほどおかしいことではない。

いつ頃からだろうか、天気や季節というのは安定しているものという前提でマスメディアが情報を流すようになったように感じる。前にも述べたが、過去30年の平均値である平年値の「平年」という言葉が人を騙すのだ。

極端な例を言えば、30年間年平均気温が毎年15℃でも、1年おきに0℃と30℃を繰り返しても、年平均気温の平年値は15℃である。では、前者は安定した気象で後者は異常なのだろうか。人間の直感からすればそうだろうが、毎年同じ気温などというのは、それはそれで異常である。

つまり、毎年同じ気象条件などということはあり得ず、寧ろ毎年が「異常気象」の連続と言った方がよいと思うのである。前の年と違う気象条件だと特に異常だ、異常だと騒ぎやすい。似たようなことが過去にあっても人間は忘れる動物だから、今初めて異常に遭遇したような気になるのだろう。それはそれで生存のための本能なのかもしれないが。そして、安定した気象を前提にするから、「地球温暖化問題」でも過剰反応をしてしまうのだろう。

立春を迎えたのにまだ寒い、というような表現をするアナウンサーや芸能人もいる。

立春というのは寒さのピークなのだ。そこから徐々に暖かくなっていく。文字通りあくまで春のスタートであるから寒くて当然である。春という文字だけを見ているからおかしなことになる。公共の電波を使って天気ネタをしゃべるのであれば、一度旧暦や二十四節気あたりについて勉強してからにしてもらいたい。

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2012年1月29日 (日曜日)

地震学者は狼少年化するのか

東大の地震研が首都圏直下型大地震が4年以内に70%の確率で起こる可能性があると発表して、けっこう世の中が振り回されているように思われるので、少しばかり考えるところを述べてみようと思う。

どうも想定外のことが起きてそれを予測できなかったというトラウマでもあるのか、俄に地震学者の声が大きくなったのが気になるのである。もちろん謙虚にこれまでの研究内容を見直し、地道に実証データを集めて、これまで看過されてきたことをきちんと把握し、より正確で信頼に足る高いレベルの研究成果を導き出そうとする姿勢は大いに支持したいところであるが、時流に乗じて世間の危機感を必要以上に煽って予算獲得を有利に運ぼうとするのであれば、それはあなた狼少年で、逆にそのうち信用されなくなるよ(信用されなくなったところで大きな地震に襲われるのが一番の不幸である)と言っておきたい。

まず、周期的に大地震が襲ってくるというのは、眉唾ではないか、ということ。ロバート・ゲラー東大教授が地震予知は不可能だ、予算の無駄遣いだと主張しているが、多分そうなのだろうと私も考える。人間の考える数十年から千年程度の「周期」と地質学的な時間の「周期」が果たして同期するのだろうか、ということである。発生メカニズムを考えればある程度の周期はあるだろうが、数十年程度のずれはあるだろうから、そうなるとこれはもう1人の人間が生きている間に1回しか起こらないか2回起こるのか、というくらいの違いになる。まあこれはきちんと実証データに基づいた計算でも何でもなく直感なので(笑)、逆に3回くらい大地震を経験する人がいてもおかしくはない。いずれにしても、少なくとも76年に1回やって来るハレー彗星のような訳にはいかないことは間違いない。

何が言いたいのか。東京のような地盤も脆弱、しかも複雑なプレートの上に立地する大都市では、いつお地震が起きてもおかしくないので、何年以内に何%の確率などということとは無関係に、常日頃から防災対策を心がけるべきだ。東海地震の150年周期説は恐らく石橋克彦教授の勇み足だろうが、そのおかげで東海地方の人達の防災意識は高い。同様の意識を首都圏住民も持つべきだ。

さて、直下型地震、すなわちプレート内地震であるから、津波の危険性はまずないと言ってよい。東北地方太平洋沖地震があまりにもショッキングだったので、皆過敏になっている。もちろん襲ってくるのはプレート内地震だけではない。相模湾あたりを震源とする1923年の大正関東地震のようなこともあるから、津波に警戒すべきであることは言うまでもないのだが、少なくとも「直下型地震」で東京が大津波で壊滅することはない。

それからインフラであるが、万全はないものの、明治以来の不燃化、耐震化の施策は百数十年積み重ねられており、その間の各地の大地震の影響も踏まえて、法制度も施策も後退したことはない。防災システムも進化している。堅牢建築物や公共交通機関にいれば、睡眠中の家具倒壊などを除けば、命の危険はまずないだろう。オフィスでは大型の設備機器が滑らないようにキャスターはきちんと固定しておくべきだ。

首都高速なども耐震補強が進んだので、阪神大震災の時のような崩壊は考えにくい。
しかしアクアラインのような海上区間、湾岸道路のような沿岸区間や山手トンネルのような長大トンネルが出来ており、またカーブも多いことから、道路外に放り出されたり転落したり、あるいは車両火災などの危険は考えられると思うので、道路管理者には更なる災害対策の進化を望みたい。

問題の1つは未だに多く残る老朽木造住宅密集地域である。東京ガス管内では大地震時の対策が進んでいるので、食事時でも火災の発生の可能性は低いと考えられるが、それでも地震発生時の時間帯や季節によっては火災の発生の危険性は考えられる。冬季の乾燥して風の強い時期などだと延焼が拡大する。これについても建替えや不燃化促進などの事業が以前から実施されているが、ごく一部の地区しか改善されていない。こうした老朽住宅は強い揺れで倒壊する危険性も大きい。一気に解決できる問題ではないので、考えられる各種の施策を組み合わせていくしかないだろう。

埋立地の液状化も、今回浦安あたりで露呈したように大きな問題である。地盤強化は費用負担の問題などもあり実現は困難だろうし、基礎がしっかりしていれば家屋の倒壊の危険性は少ないので、むしろ損傷した水道、ガスなどのインフラの早期復旧や住宅の修復をどうするのか、予め対策を講じておく必要があるだろう。

火災でいえば、大きな揺れに起因する東京湾岸の石油やガスの備蓄タンクの火災が問題だ。今回の震災でも実際に火災が起きているが、首都圏直下型となるとあの程度では済まないだろう。これは行政と当該企業とで対策を講じてもらうしかないのだろうが、我々も普段からその危険性を意識して、もしも近くで火災発生に遭遇した場合、どのような避難行動を取ったらよいのか頭に入れておく必要がある。

残るもう1つの大きな問題は、帰宅困難者対策である。公共交通に乗車していて命を落とす危険性は前述のような高くはないだろうが、長時間運行停止となるのは不可避なので、鉄道事業者の危機管理が重要である。PASMOで連携できるのだから、各鉄道会社は地震対策でもきちんと連携すべきだ。A社とB社で対応が違うのでは利用者の不満が爆発してパニックになってしまう。
無理して帰宅するなというのだが、恐らく強行軍で徒歩帰宅しようとする人はなくならないだろう。平時には頭で分かっていてもいざ大地震発生となれば平常心ではいられまい。オフィスビルに食糧や毛布などを備蓄して緊急避難所にする取り組みが進みつつあるので、これが実効性をもつような避難訓練や防災教育が必要だ。

「直下型大地震が襲ってくる→漠然と身の危険を感じる」という具合に漠然とかつ過剰に心配する必要はないだろうが、起こりうる具体的な事態を頭に入れて、いざという時どのように行動したらいいのかという、当たり前のことを再確認する必要がある。市区町村レベルの基礎自治体は徒に危機感を煽るのではなく、逆にこうした機会に、それぞれの地域性に適合した具体的な大地震対策を住民に周知すべきである。

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2011年9月16日 (金曜日)

突っ込みどころ満載の暴れん坊将軍に登場する彗星

テレビ朝日で暴れん坊将軍の再放送を見てしまった(1999年に放送されたもので、今回が何度目かの再放送だ)。水戸黄門にせよ銭形平次にせよこの番組にせよ、開始後45分くらいで決め台詞の出る勧善懲悪型の単純な時代劇はほとんど見ないのだが、15日の午前は彗星が登場したのでついつい見てしまった(笑)。

しかしタイトルは「暴れん坊将軍 江戸壊滅の危機!すい星激突の恐怖」なのに、実は登場したのは彗星ではなく巨大?隕石だった。このように突っ込みどころが沢山あるので、ちょいと遊んでみたい。なお、柳田理科雄の「空想科学読本3」で取り上げられているが、まだ見ていない。よって、見る前に自分なりにツッコミを入れてから、暇があれば同書を読んでみようと思っている(笑)。既に見ていろいろと突っ込んだことのある人には退屈だろうが、ご容赦いただきたい。

映像については、次のサイトがキャプチャー画像を貼り付けているので(商売ではないので、著作権の問題はひとまず棚上げして)、こちらを参照していただきたい。

 「暴れん坊将軍」で地球滅亡クラスの隕石が江戸に衝突するという驚愕のシーンが放送される
 「暴れん坊将軍」で地球滅亡クラスの隕石が江戸に衝突


1.彗星なのか隕石なのか小惑星なのか
番組のタイトルには「すい星衝突の恐怖」とあるのだが、画面に出てくるのは巨大な隕石のようなものである。しかも宇宙空間で炎のようなものを発しているのだ。彗星ならば核は岩石だとしても大半は氷のはずである。つまりこれだけ見ればすい星でも隕石でも小惑星でもない謎の物体なのだが、とりあえずは隕石か彗星ということにしておこう(そうでないと話が続かない)。

最初にこの星を吉宗が発見した時は赤色である。三国志演義などでもそうだが、だいたい赤い星は不吉な予兆として扱われるから、脚本上はそれでいいのだろうが、本来赤い彗星というのはおかしいのではないか。実際、地球に接近して来た時には赤くはなく炎上のものは紫色である。

彗星であれば、尾は太陽と反対側に影のように伸びるはずだが、この星は、太陽に照らされた昼間の部分の地球に接近していて、そうすると太陽を背にしているのだから尾は地球側に伸びていないとおかいしい。ところが画像を見ると逆なのである。まあ視覚的には進行方向に尾があるというのは視聴者からのクレーム続出が予想されるので、これもいたしかたないのだろう(笑)

2.驚異的な観測能力と技術
台詞がどうなっていたかはっきり覚えていないのだが、少なくとも最初に吉宗が「赤い星」を発見した時は望遠鏡(恐らくガリレオが発明したタイプの屈折望遠鏡)で見て、大きな点であった。

この星が地球に衝突する不安を感じた吉宗は、長崎から民間の天文学者「西川如見」を呼び寄せている(吉宗が如見を読んだのは史実のようだし、番組の最後でアナウンスされたように息子の正休は幕府の天文方に就任しているのも史実である)。呼びに出したのは早馬だとしても、やってきた如見は娘と従者の3人旅でのんびりと歩いて江戸に向かっている。

つまりどう考えても吉宗が使いを出してから、如見が江戸にやってくるまでに2ヶ月は必要なのである。
彗星の速度を40km/sとすると(ネットで調べて、このあたりがキリがよくて妥当だろうという数字)、吉宗が発見した時は、この彗星は地球から2億kmくらい離れていたのである。地球に一番接近した時の火星の4倍くらい離れている。そうすると望遠鏡の倍率や解像度を考慮しても、火星と同じくらいの大きさがないとおかしいのだ。しかし、実際はそうではない(笑)。江戸時代中期に2億kmも離れた岩の塊を屈折望遠鏡で発見してしまうのだから、これは驚異的である。イトカワから戻ってきたはやぶさもビックリである。

さて、如見先生は江戸の手前で尾張の密命を受けた世直し天狗党に襲撃されるのだが、こいつらも何故か彗星の衝突を予想していたらしく、如見先生を拉致して手先として使い、江戸の混乱に乗じて略奪を働き、倒幕を敢行しようという企みを持っている。まあそれは突っ込みどころとは直接関係ないので、これ以上深入りしないのだが、こいつらは幕末の水戸天狗党の走りなのだろうか(笑)。

この如見先生が襲撃された時が、彗星が衝突されると予想される日の一週間くらい前だと思われるのだが、如見先生は粗末な観測器具で、衝突の日時と軌道は既に予測しており、もの凄い能力である。

そして最終的には江戸近郊の日野の大和田村付近に夜落下し、4里四方が大きな被害を受けるとの結論を出している。軌道だけでなくエネルギーまで算出しているのだから、驚愕に値する。ノーベル物理学賞が当時あれば受賞していたかもしれないが、それよりもノーベル賞よりも世界的に権威のある西川賞が出来ていたかもしれないのだ(笑)。今日でも人工衛星の破片が人間に当たる確率が1/3200という精度なのである。

3.挙動不審で正体不明な彗星
そして、なんのかんのあって、吉宗の設置した観測所に閉じこもって、正確な衝突地点と時刻を予測することになるのだが、残りはあと3日である。

ところがこの時点で既に彗星は地球にかなり接近しており、画面から推測すると、地球の上空1500kmくらいの高度に達していると思われるのである。こうなると地球との相対速度は40km/sよりも大きくなっていくので、最終的に60km/s程度としても、25秒程度しか猶予がないのである(笑)。この彗星は大分遠慮してくれているようだ。尾の方向が逆なのは前述のとおり。

このあたりで炎のようなものを出しているのは、宇宙線と関係があるのか、地球の磁気圏から何らかの影響受けているのか、よくわからないが、いずれにしても不思議である。

また衝突直前まで上空から降りてくるように動いていて、これは納得できるのだが、何故か最後になって斜めに軌道を変えて、地平線と10度くらいの確度で滑るように衝突するのである。そして被害の程度がかなり限定された範囲に留まっているので、これはエンジンとブレーキを積んでいるとしか考えられない。そうなると、これは操縦不能に陥った巨大な宇宙船だったと結論づけるしかないのだ。そんなことは当然ドラマには出てくるはずもない(笑)。

如見先生の予測が正しいとして、め組の人達は大和田村から30kmくらいは離れていたと考えられる。そうでないと全滅ないし被害甚大だからだ。彼らはお産の仕事で大和田村にいた産婆のお凛を救出に行ったのだ。最終的な衝突直前のシーンから推測すると、この彗星(隕石)は直径2kmくらいはあると思われる。しかし多摩地区の山の高さを考慮すると、直径200m程度ではないかとも思われる。そうなると、め組の人達はそれほど衝突地点から離れていなかったとも考えられ、如見先生の被害予測が嘘という都になる。登場するシーンによって大きさが変動しているし、諸々の相対的な位置関係が杜撰なので、確定することは困難なのだ(笑)。うーん、困った。どうしよう。

とりあえず直径1kmくらいとしておきましょうか(笑)。
6500万年前にユカタン半島に衝突して、恐竜を絶滅させ、地球全体の気候を変動させた隕石の直径が10kmとのことなので、その1/10のサイズ。そうするとこの吉宗彗星は、かの彗星と同じ物質構成(つまり同じ密度)で同じ速度だったすると、体積が1/1000なので質量も1/1000で、運動エネルギーも1/1000。とてもじゃあないが、4里四方程度の被害では済むまい。単純に表面積で比較しても、50万平方kmくらいがやられるので、日本は恐らく全滅、朝鮮半島や沿海州あたりも大きな被害を受けるだろう。

とまあこんなところで、お後がよろしいようで。

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2011年9月12日 (月曜日)

中秋と仲秋

今日は旧暦の8月15日。中秋である。満月なので所謂中秋の名月である。
先程ウォーキングをしてきたが、帰宅時と比較して時刻が経過しているので月がだいぶ高く上っていた。
よく晴れていて本当に綺麗な月である。

中秋と仲秋は字も似ていて発音は同じだが、意味が違う。知っている人には今更だが、実はこれまであまり深く考えなかった。中秋は秋の真ん中の日で旧暦の8月15日のこと、これに対して仲秋は秋の真ん中の月なので、旧暦の8月である。要するに中秋は日で仲秋は月なのだ。

そして帰宅時にはまだ地平線下にあった木星も上ってきて、東の空に明るく輝いている。
倍率の高い望遠鏡で見れば、縞模様なども見えるはずだ。

南西の空高くには、まだ夏の大三角形(デネブ、ヴェガ、アルターイル)も見られる。

そういえば、全く満月のことは意識してなかったのだが、昼に食べたのはマクドナルドの月見バーガーセットだった。店の方がちゃんとわかっていて、この時期に月見バーガーセットの割引クーポンを発行している。引っかかってしまったが、まあいいだろう(笑)。

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2011年6月23日 (木曜日)

3月11日後に出版された地震本の中ではこれがいいかも

大きな書店に行くと、狂ったように原子力発電の関連書籍が並んでいるのだが、それに比べると地震についての書籍の影が薄い。今朝、健康診断の待ち時間を利用して半分くらい読み進んだ、次の本が分かり易いのでお勧め。

超巨大地震に迫る―日本列島で何が起きているのか (NHK出版新書 352)

前半部分では各種のマグニチュードの違いに振れており、またプレート境界地震についても最近のアスペリティ理論がマジックテープを喩えに紹介されている。残りも今夜あたり、一気に読んでしまおう。

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2011年5月30日 (月曜日)

今更ながら確率って難しいよね

今となってはいささか旧聞に属するのだが、言及しようと思っていて忘れていたことがあった。
東海地震の起きる確率が30年以内に87%というのがあって、この数字自体が100〜150年周期説に基づいているので、そこが崩れれば単なる数字でしかないのだが、それは真偽の程が不明なのでさておき。

竹中平蔵氏が、それなら1年あたりに敢えて単純計算すれば2.9%と発言して物議を醸した。
東海地震の発生確率の分布をどう捉えるかによって解釈が別れてくるということのようだが、一番もっともらしい(と思われる)BPT分布を前提に考えると最大で6.5%/年くらいになるらしい。「竹中計算」は大雑把な計算としては必ずしも悪くはない、というのが落ち着き所のようである。ご本人がそういうことを理解されているかどうかは別だが(笑)。

さて、こうした中で「竹中平蔵氏のための確率論入門」というジャーナリストによるブログ記事が出された。書いた当人が「平成の龍馬」なんて自称しているのが痛いのだが、本人の自由なのでそれ以上の批判はやめておく(笑)。

ひっかかったのは、次の部分である。

数学が不得意な人にもわかるように単純なモデルで説明します。

明日の降水確率を40%(晴れる確率60%)、明後日の降水確率も40%(同じく晴れる確率60%)とします。すると明日と明後日のうち一日以上晴れる確率はいくらでしょうか。

これを竹中式に計算すると、明日晴れる確率60%、明後日晴れる確率60%なので、60%+60%=120%となり、明日明後日の二日連続で雨の確率が0%になり、明日明後日の二日連続で雨が降ることはないということが確定してしまいます。天気予報を使って未来を予言できてしまいます。

というのはデタラメで、そもそも確率は定義によって100%以上にはなりません。正しくは0.4×0.4=0.16で16%の確率で明日明後日の二日連続で雨が降ります。よって1-0.16=0.84で84%の確率で明日と明後日のうち一日以上晴れることになります。

単純化した竹中氏を批判する当人も単純化しちゃっている訳だが、どうですか、感覚的に降水確率40%の日が2日続くのに1日以上晴れる確率が84%というのは私は納得できない。

こういう確率計算が成立するためには、それぞれの降水確率40%が独立事象(それぞれが無関係に起きる)でなければならないのだが、実際の2日連続の天気というのは(真夜中に極端な断絶がない限り)相互に関連しているので独立事象とは言えない。この例で言えば、同じような気象状況がだらだら続いていると考えるのが妥当である。そう考えれば2日間をまとめて見て、1日以上晴れる確率は60%ということになるだろう。違う計算方法があるよ、というご指摘があればご披露をお願いしたい。

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2011年4月28日 (木曜日)

子供を持つ親のための放射線の知識(講演資料)

先日、元原研職員の綿貫さんによる放射線関連の講演のビデオを掲載したが、子育て中のお父さん・お父母さん向け講演会(2011.4.11実施)の資料を見つけたので、紹介します。講演者は京都女子大の水野義之教授です。水野氏とはツイッターで時々やりとりしていて、私の信頼する物理学者の一人です。

今放射線について知っておきたいこと」(PDFファイル・9ページ)

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2011年4月24日 (日曜日)

崩壊しかけている進歩と安全の神話(翻訳素案)

ツイッター上で見つけたフランス語の文章(ドイツ人社会学者の論考をフランス人が翻訳したものと思われます)を日本語訳してみました。原文はこちらです。

社会学は専門ではありませんし、ざっと訳しただけで(疲れたのでw)校正チェックをしておらず、おかしな部分も多々あろうかと思いますが、速報性を重視してとりあえず掲載します。誤訳や修正などの指摘があればコメント欄にお願いします。

なお、自分自身の勉強の意味も含めて訳しているので、記述内容自体に関しての責任は負いかねますし、私個人は必ずしも書いてある趣旨に賛同している訳ではないことをお断りしておきます。

崩壊しかけている進歩と安全の神話
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2011.3.25

ウルリヒ・ベック(ドイツ人社会学者)Ulrich Beck
フランス語訳 クリスティアン・ブーシャンドーム Christian Bouchindomme
日本語素約 @florestan854

グローバル社会のリスクを語ることは、時代の中心には一見しただけではわかりにくい進歩というものがあって絶えず社会的な論争を引き起こすような現代について語ることだ。
最大のリスクが訪れることは、個人にとっては預かりしらないことであった。そうではなくて、なにか事件が起きる度に政治が牽引力として利用するのである。核のリスク、気候変動、財政リスク、9.11等。私は25年前、チェルノブイリが起きる前に既にそうしたシナリオのことを述べていたのだ。

過去の工業化社会のリスクと異なり、今日のリスクには地理的、時間的、社会的に際限がない。因果関係という観点からは、失敗や責任を誰かのせいにできる規則は1つもない。賠償も保証もできないのである。民間の保険では守れない場合−原子力エネルギーや最新の遺伝子工学が該当する−定量化可能なリスクと定量化不可能な危険の境界はとめどなく曖昧である。工業製品の危険は外部経済化され、法によって個別化され、技術によって適正化され、政治によって最小化される。端的に言うと、潜在的に自己崩壊が進行する可能性のあるものに対して「合理的」な制御を確実にしようとする規制の仕組みは、ジャンボジェットの上で自転車を規制する程度の価値しかないのである。

だが、福島とチェルノブイリを区別する必要はないのだろうか。日本で起きていることは実は自然の大災害でありその破壊能力は人が決めた結果ではなく、地震と津波のせいなのである。

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2011年4月13日 (水曜日)

放射線・放射能のおはなし

2011年4月9日に元原研職員で第一種放射線取扱主任者、環境カウンセラー事業所部門の綿貫さんの講演を群馬県立女子大講義室にて実施しました。その模様をネット動画として投稿しましたので、ご関心のある方、放射線・放射能に関して科学的な知識を身につけたいはご覧下さい。

放射線・放射能のおはなし

右のサイドバーにも同じリンクを掲載しています。
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