久々に市町村合併に伴う地名批判である。
衝撃の「南セントレア」市。住民投票の結果、合併そのものがおじゃんになってしまった。この衝撃の陰であまり目立たないが、千葉県でも「太平洋市」が批判を浴びて、名称の見直しが決まったという。
この種の命名に共通している病理は、自分で考えないことと、その裏腹の有名な地名や施設名に寄りかかっている、という点である。その意味では、前に批判した「白神市」もその1つだろう。そして、早い者勝ち、同一市名の重複は認めずという規則がこの傾向を加速していることは間違いない。
ひらがな市名は、優しい感じがする、などと逃げているが、結局は摩擦を避けようとする消極的な姿勢がその底流にあると見てよいだろう。
しかしである。冷静に考えてみると、こうした地名は今回初めて出てきたわけではない。ひらがな市名は、いわき市、えびの市、むつ市など以前からあったが、恐らくつくば市あたりからこうした流れができて、さいたま市で決定的になったと見てよいだろう。
どちらも国の機関が複数の市町村に移転して、国から合併への圧力があった。国は公式にはそうは認めないだろうが、両市の合併の経緯を見れば否定できないはずだ。
つくば市の場合、6町村にまたがっていたが(しかも、新治郡、筑波郡、稲敷郡の三郡にまたがっている)、当初は筑波郡筑波町と稲敷郡茎崎町を除いた四町村で合併し、筑波町、茎崎町と順次吸収していった。庁舎は今でも旧谷田部町のものである。いくら旧筑波町があるから(しかも、つくば市誕生時は合併していなかった)といっても、筑波市でどうしていけなかったのか、明確で論理的な理由はないだろう。
さいたま市の場合は、というと、当初は現在の旧3市による合併でなく、上尾市と伊奈町も含めた合併が模索され、旧浦和市と旧大宮市の主導権争いが展開された。結果的に浦和主導の3市合併となり、市庁舎は旧浦和市のものを使用している。この3市は埼玉郡ではなく北足立郡の区域であったため、埼玉の地名の発祥を自負する行田市あたりから「埼玉市」は使わないようにとの要請があった。行田市の言い分は歴史的、文化的に正当であるので拒否できなかったわけである。この度、埼玉郡に属していた岩槻市を合併することになるので、「埼玉市」でもよくなるのである。というより、もともと埼玉県という県名は、岩槻に県庁を置く予定であったためにつけられたという歴史的経緯があるので、百年以上経過して元の鞘に納まったと見ることができる。
つくば市で「調子づいた」茨城県には、ひたちなか市が誕生した。
そしてひらがな地名ではないものの、今回「小美玉市(おみたまし)」ができるという。小川、美野里、玉里から一文字ずつ取っての合成地名だが、これもよくあるパターンである。大田区や由布院町など、よくできすぎていて合成地名ときがつかないこともあるので、その分罪深いかもしれない。
わが故郷群馬県で「みどり市」という、これまた恥ずかしく、かつどこにあるのかわからない思考停止の市名が登場するらしい。新市建設計画のスローガンは「水と緑のみどり市」なんてことになるのかしらん。こういうのはきっとブラックジョークならぬグリーンジョークとでも言うのだろうな。ひらがなだけでも許し難いのに、色彩名という地名にそぐわない言葉をもってきているのだから度し難い。緑が多いというだけなら、日本全国ほぼどこでもそうだぞ。「みなかみ町」も水上町が周辺町村に気を遣ったらしいが、水上温泉の誇りも地に落ちたと言うべきか。
それでもって、太平洋市である。なんでも太平洋に8kmくらい面しているそうな。はあ、それでよくやるよ。県外からも批判が殺到するのは当然である。
だいたいこんな自己中心的な感覚では、日本海を「東海」と標記せよ、という韓国の無茶苦茶な主張にも抵抗できないではないか。
南セントレア市は、南アルプス市という「前例」があるからな。
これがどれくらいおかしいか。
東京都江戸川区→東京都西東京ディズニーリゾート区
横浜市神奈川区→横浜市北横浜ベイブリッジ区
千葉県木更津市→千葉県東東京湾アクアライン市
大阪市港区→大阪市南USJ市(これなんかもうアルファベット!)
長崎県長崎市→長崎県南ハウステンボス市
こんなもん、誰もつけないっつうの。
それに、セントレア市もないのに、わざわざ南セントレア市ね。
最初「せんとれあ」と入力したら「遷都レア」と誤変換されたが、これでは首都機能移転は絶望的だな、中部地方(笑)。
ここいらあたりも、東大阪市、東広島市、北広島市(こちらは北海道ね)、東大和市、東村山市、東松山市、とまあ東がついたのが多いわけだが、方角を冠した地名がぞろぞろとある。こちらも西東京市という石原都知事に批判された市名をきっかけに、方角をつけることにためらいがなくなってしまったのだろう。
合併特例法の期限もあってか、ここのところ合併件数も多く、そのために安直な地名が多く露出して、批判を浴びている、ということもあるだろう。こうなる前に「こっそりと」変な市名をつけちゃったところは、やれやれと胸をなで下ろしているに違いない。
まだ、日本人の中にも、歴史や伝統を重視し、こうした安直な地名に批判的な人が少なくないことには救われる思いがする。しかし、既についてしまった変な名称はこのまま固定化するのだろうか。人間、意外と慣れてくると、最初おかしいとおもったものもおかしく感じなくなるもので、その慣れが恐ろしい。
既につけられてしまった変な地名も、もう一度洗い出して検証・批判し、再度命名し直す必要があるだろう。小泉首相はそんなことに関心は、ないだろうな。でも、市町村合併により文化や歴史を無視して地名を破壊した総理大臣として、歴史にその名を刻むことになるぞ。