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2012年3月 2日 (金曜日)

お天気を伝える側の表現がおかしい

表現がおかしいというよりは、その根本にある捉え方がおかしいのかもしれない。

早いものでもう3月に入ったが、閏日の先月29日にかなりの降雪があった。

テレビのニュースや天気予報では「もう3月になろうとしているのに」という表現が多く聞かれたが、こちらの方が違和感がある。

気象庁のデータで東京の過去の3月の降雪合計を見てみると、2005年に2cm、2004年・2001年・1999年・1993年・1992年・1989年・1985年・1983年・1982年に0cm、1998年に6cm、1996年に0cm、1995年に2cm、1988年に1cm、1987年に5cm、1986年に10cm、1984年に3cmとなっている。(0cmは降雪があったが1cmに達していない)。なお、1988年は4月に9cmの積雪を1日記録している。1981年以前では1973年以降毎年3月に積雪が記録された。データによれば1960年代には4月でも東京に降雪が記録された年が複数ある。

1986年は春分の日に9cmの積雪があった。知り合いの結婚式の日(私は呼ばれていないが)だったので、「3月の大雪」として記憶している。

最近でこそ3月の降雪は少ないが、こうしてみれば3月の東京に雪が降ることはそれほどおかしいことではない。

いつ頃からだろうか、天気や季節というのは安定しているものという前提でマスメディアが情報を流すようになったように感じる。前にも述べたが、過去30年の平均値である平年値の「平年」という言葉が人を騙すのだ。

極端な例を言えば、30年間年平均気温が毎年15℃でも、1年おきに0℃と30℃を繰り返しても、年平均気温の平年値は15℃である。では、前者は安定した気象で後者は異常なのだろうか。人間の直感からすればそうだろうが、毎年同じ気温などというのは、それはそれで異常である。

つまり、毎年同じ気象条件などということはあり得ず、寧ろ毎年が「異常気象」の連続と言った方がよいと思うのである。前の年と違う気象条件だと特に異常だ、異常だと騒ぎやすい。似たようなことが過去にあっても人間は忘れる動物だから、今初めて異常に遭遇したような気になるのだろう。それはそれで生存のための本能なのかもしれないが。そして、安定した気象を前提にするから、「地球温暖化問題」でも過剰反応をしてしまうのだろう。

立春を迎えたのにまだ寒い、というような表現をするアナウンサーや芸能人もいる。

立春というのは寒さのピークなのだ。そこから徐々に暖かくなっていく。文字通りあくまで春のスタートであるから寒くて当然である。春という文字だけを見ているからおかしなことになる。公共の電波を使って天気ネタをしゃべるのであれば、一度旧暦や二十四節気あたりについて勉強してからにしてもらいたい。

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