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2012年1月29日 (日曜日)

座布団を固定しろ

大相撲初場所は、苦情付きながら把瑠都が優勝した。苦情は立ち会いの変化に対してだが、とっさに変化したとすれば責められないだろうが、大関たるものそうならないように日頃から心身の鍛練をすべきだと言われると私には反論できない(笑)。来場所で把瑠都がまた優勝してしまったら、外国人嫌いの連中は上を下への大騒ぎだろうな。それはそれで見てみたい気もする。

さて、その把瑠都が変化した勝った一番だが、最近相撲に対する関心が薄れているので中継を見なかった。
新聞記事によると例によって座布団が乱舞したようだ。

こういう時には必ず「危険ですから座布団を投げないでください」とアリバイ的に館内放送で注意がなされるのだが、そんな光景はもうかれこれ50年近く見続けている。1度だけ両国で生で相撲を観戦したことがあるが、座布団を投げるなという注意書きがあったと記憶している。

本当に危険だから投げるなと言うなら、座布団は座席に固定しろ。
八百長問題やら年寄株の問題やら、様々な相撲協会の負の体質は本質的に変わっていないと思うが、それとは別に観客の身の安全が守れないような組織に公益財団法人に地位を与えることを許すべきではない。

大学時代の恩師の1人でもある伊藤滋氏が外部理事を退任するが、これまた報道によると伊藤氏も含めて退任する3人の外部理事は協会改革の道筋がついたような口ぶりだが、恐らく社交辞令だろう。

相撲協会の公益裁断法人移行問題では、監督官庁である文科省の断固たる姿勢を望む。

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地震学者は狼少年化するのか

東大の地震研が首都圏直下型大地震が4年以内に70%の確率で起こる可能性があると発表して、けっこう世の中が振り回されているように思われるので、少しばかり考えるところを述べてみようと思う。

どうも想定外のことが起きてそれを予測できなかったというトラウマでもあるのか、俄に地震学者の声が大きくなったのが気になるのである。もちろん謙虚にこれまでの研究内容を見直し、地道に実証データを集めて、これまで看過されてきたことをきちんと把握し、より正確で信頼に足る高いレベルの研究成果を導き出そうとする姿勢は大いに支持したいところであるが、時流に乗じて世間の危機感を必要以上に煽って予算獲得を有利に運ぼうとするのであれば、それはあなた狼少年で、逆にそのうち信用されなくなるよ(信用されなくなったところで大きな地震に襲われるのが一番の不幸である)と言っておきたい。

まず、周期的に大地震が襲ってくるというのは、眉唾ではないか、ということ。ロバート・ゲラー東大教授が地震予知は不可能だ、予算の無駄遣いだと主張しているが、多分そうなのだろうと私も考える。人間の考える数十年から千年程度の「周期」と地質学的な時間の「周期」が果たして同期するのだろうか、ということである。発生メカニズムを考えればある程度の周期はあるだろうが、数十年程度のずれはあるだろうから、そうなるとこれはもう1人の人間が生きている間に1回しか起こらないか2回起こるのか、というくらいの違いになる。まあこれはきちんと実証データに基づいた計算でも何でもなく直感なので(笑)、逆に3回くらい大地震を経験する人がいてもおかしくはない。いずれにしても、少なくとも76年に1回やって来るハレー彗星のような訳にはいかないことは間違いない。

何が言いたいのか。東京のような地盤も脆弱、しかも複雑なプレートの上に立地する大都市では、いつお地震が起きてもおかしくないので、何年以内に何%の確率などということとは無関係に、常日頃から防災対策を心がけるべきだ。東海地震の150年周期説は恐らく石橋克彦教授の勇み足だろうが、そのおかげで東海地方の人達の防災意識は高い。同様の意識を首都圏住民も持つべきだ。

さて、直下型地震、すなわちプレート内地震であるから、津波の危険性はまずないと言ってよい。東北地方太平洋沖地震があまりにもショッキングだったので、皆過敏になっている。もちろん襲ってくるのはプレート内地震だけではない。相模湾あたりを震源とする1923年の大正関東地震のようなこともあるから、津波に警戒すべきであることは言うまでもないのだが、少なくとも「直下型地震」で東京が大津波で壊滅することはない。

それからインフラであるが、万全はないものの、明治以来の不燃化、耐震化の施策は百数十年積み重ねられており、その間の各地の大地震の影響も踏まえて、法制度も施策も後退したことはない。防災システムも進化している。堅牢建築物や公共交通機関にいれば、睡眠中の家具倒壊などを除けば、命の危険はまずないだろう。オフィスでは大型の設備機器が滑らないようにキャスターはきちんと固定しておくべきだ。

首都高速なども耐震補強が進んだので、阪神大震災の時のような崩壊は考えにくい。
しかしアクアラインのような海上区間、湾岸道路のような沿岸区間や山手トンネルのような長大トンネルが出来ており、またカーブも多いことから、道路外に放り出されたり転落したり、あるいは車両火災などの危険は考えられると思うので、道路管理者には更なる災害対策の進化を望みたい。

問題の1つは未だに多く残る老朽木造住宅密集地域である。東京ガス管内では大地震時の対策が進んでいるので、食事時でも火災の発生の可能性は低いと考えられるが、それでも地震発生時の時間帯や季節によっては火災の発生の危険性は考えられる。冬季の乾燥して風の強い時期などだと延焼が拡大する。これについても建替えや不燃化促進などの事業が以前から実施されているが、ごく一部の地区しか改善されていない。こうした老朽住宅は強い揺れで倒壊する危険性も大きい。一気に解決できる問題ではないので、考えられる各種の施策を組み合わせていくしかないだろう。

埋立地の液状化も、今回浦安あたりで露呈したように大きな問題である。地盤強化は費用負担の問題などもあり実現は困難だろうし、基礎がしっかりしていれば家屋の倒壊の危険性は少ないので、むしろ損傷した水道、ガスなどのインフラの早期復旧や住宅の修復をどうするのか、予め対策を講じておく必要があるだろう。

火災でいえば、大きな揺れに起因する東京湾岸の石油やガスの備蓄タンクの火災が問題だ。今回の震災でも実際に火災が起きているが、首都圏直下型となるとあの程度では済まないだろう。これは行政と当該企業とで対策を講じてもらうしかないのだろうが、我々も普段からその危険性を意識して、もしも近くで火災発生に遭遇した場合、どのような避難行動を取ったらよいのか頭に入れておく必要がある。

残るもう1つの大きな問題は、帰宅困難者対策である。公共交通に乗車していて命を落とす危険性は前述のような高くはないだろうが、長時間運行停止となるのは不可避なので、鉄道事業者の危機管理が重要である。PASMOで連携できるのだから、各鉄道会社は地震対策でもきちんと連携すべきだ。A社とB社で対応が違うのでは利用者の不満が爆発してパニックになってしまう。
無理して帰宅するなというのだが、恐らく強行軍で徒歩帰宅しようとする人はなくならないだろう。平時には頭で分かっていてもいざ大地震発生となれば平常心ではいられまい。オフィスビルに食糧や毛布などを備蓄して緊急避難所にする取り組みが進みつつあるので、これが実効性をもつような避難訓練や防災教育が必要だ。

「直下型大地震が襲ってくる→漠然と身の危険を感じる」という具合に漠然とかつ過剰に心配する必要はないだろうが、起こりうる具体的な事態を頭に入れて、いざという時どのように行動したらいいのかという、当たり前のことを再確認する必要がある。市区町村レベルの基礎自治体は徒に危機感を煽るのではなく、逆にこうした機会に、それぞれの地域性に適合した具体的な大地震対策を住民に周知すべきである。

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2012年1月10日 (火曜日)

石原慎太郎の「妄言」

昨日の産経新聞に掲載された石原慎太郎東京都知事のエッセーが酷いのである。

地球は滅びるだろう

以前から、二酸化炭素を地球温暖化の主犯と断定して、これに基づいて暴走政策を採っているのだが、この記事を読んで得心した。例の我欲発言と通底しているのである。

彼にしてみれば、今の文明社会は容認できないのだろう。自分自身は現代文明に乗っかって時流に乗り、世に出たわけだが、「転向」を認めて開き直っている。

「やはりこの地球は間もなく滅びるような気がする。」
あんたが先に滅びてくれ。地球という惑星は簡単には滅亡しないし、人間の生存空間もそうそう簡単には壊れないだろう。大気圏はそうそう簡単に一方向に暴走するだけのシステムではないからだ。

「これから九年の間温暖化は加速されて進み、異常気象は最早異常なものではなしに正常なものとなっていく、いや既になっている。」
そもそも異常気象とは何か。気象は毎年違っている。そういう意味ではもう何億年も異常気象の連続である。それだけのことだ。

「世界中の氷は溶け続け、NASAのハンセン教授の予測通り北極海の氷も後十年わずかで消滅するだろう。」
石原もハンセンもまず間違いなく数十年後には生きていないから、煽っても結果が違っても責任が取れない。

「それによって大洋は水かさを増し続け、増えた水は地球の自転の遠心力で赤道付近に集まり」
えっ、そうなの?しかし地球の自転速度も徐々に減少しているから、相殺されるかもしれない(笑)。
いや、この理屈が正しいなら、もしも寒冷化になって太陽の水かさが減ったら(そんな単純には行かないだろうが)赤道付近の海水面は下がることになる。

「ツバルのような砂州国家は水没し」
ツバルに関しては、水没の原因は「地球温暖化による海水面上昇」以外にいろいろと指摘されている。

「その生命の存在をも否定しかねない幼稚さの所以とは、文明が育んだ人間たちの我欲に他ならない。」
ここで我欲が出てくるわけである。しかしこういう思い込みの塊の文章を書いて恥じないようでは、石原自身が幼稚なのではないかと思えてくる。

「刻一刻進んでいる温暖化による地球の毀損を防ぎ得ないのは自明のことなのに」
少しも自明ではないだろう。本当に自明なら世界中の科学者から疑問や反論など出て来るはずがない。

石原はチェコ大統領ヴァーツラフ・クラウスの著書 <「環境主義」は本当に正しいか?>は読んだのだろうか。いや、ここまでカルトのように二酸化炭素温暖化主犯説に取り憑かれているようでは、読んだとしても、クラウス大統領を罵倒するだけだろう。情緒的、観念的な文学者と経済学者の違いはぬぐい去りようもない。

次の東京都知事にはクラウス氏のように、現実を見据えて冷静中立で論理的思考の出来る人物を切望するばかりである。

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2012年1月 8日 (日曜日)

糞坊主の話

戒名というものについて実は常々考えている。要するに信心もなければお布施も修行もしてないのにいらねえんじゃねえか、ということである。戒名料が高ければ位が高くなるという法外な金がかかるのもバカバカしいし、その元になっている檀家制度という「江戸時代の負の遺産」にも疑問を持っている。

読者諸兄の中には僧職の方もいらっしゃるので、こういう本音を言うと、何か言われそうであるが、実は高校の倫理社会の授業を受けた頃からずっと思っていることなのである。

そういう小生の高祖父は曹洞宗の僧侶であった。その息子の私の曾祖父が母(私の高祖母)に早く死なれたために、跡を継ぐことがなくなり、しかも私の祖父も長男ではなかったので、跡を継ぐ運命にはなかったのだが、檀家の一員としては「宗教改革」をやってもよいのではないかと最近考えるようになった。実際にはド田舎の人間関係のどろどろしたところで、しかも東京に出てしまった私が仮に戻っても簡単ではないことは明らかなのだが、このあたりは父といずれは相談しなくてはならないかもしれない。

私の高祖父の跡を継いだ住職は長命で、私が小学生の頃まで存命であった。そのために子供の私にいろいろと話をしてくれる機会もあった。具体的な内容はほとんど覚えていないのだが、話しぶりや人格には子供ながらに感銘を受けたものである。その住職はご子息を戦争で亡くしたため、続けて血縁関係ではない人間が住職を継ぐことになった。

しかし皮肉なことに現在の住職はなんと私の従兄の同級生なのである。血縁ではないというものの世の中狭い。田舎は尚更である。白川晋爾という。

その住職が立派であれば文句はない。しかし金銭関係や女性関係などで若い頃からよくない噂が絶えなかった。ついには昨年10月に、自動車でたこ焼き屋に突っ込んで3人に重軽傷を負わせてしまった。酒は飲まないので酔っ払い運転ではないようだが、それならなおさら悪い。還暦過ぎた宗教人のやることではないだろう。

しかもである、突っ込んだたこ焼きやの名前が「タコボーズ」なのである。出来すぎている。悪い意味で。タコボーズのブログを見ると、怪我人を助けることもなくふんぞり返っていたようだ。まあ白川ならいつもふんぞり返っているからさもありなんである。情けないことだが。そもそも怪我人の手当てをしない時点で重ねて道路交通法に抵触している。

昨夏のお盆の時も、秋のお彼岸は体調が優れないために休業します、などと予告していたのである。何で1ヶ月も先の体調不良がわかるのか(笑)。

要するに、こんな奴に金を払って戒名などもらいたくないのである。自分で生前戒名を考えることにでもするか。何かいい考えはないものだろうか。

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2012年1月 2日 (月曜日)

あけましておめでとうございます

「激動」の2011年が終わり、新しい年になりました。

NHKの行く年来る年では新年早々鐘をつこうとしたお坊さんがつんのめったりとハプニングもあり、またオウム真理教事件で逃亡中だった平田信が出頭したり、関東や東北で震度4の地震に見舞われるなど、今年も平穏では済まされないようなスタートです。

新年早々に見た夢は、何故か食用に丸焼きにされた兎が組成するというもの。過ぎ去った卯年をまだ引きずっているのかもしれません(笑)。

個人的には、お腹の調子があまりよくないまま年を越してしまい、年々体調管理の困難さを感じる度合いが強くなる50代もそろそろ半ばにさしかかります。昨年秋には大学の同期の友人を1人見送りました。そういう場面で久しぶりに出会う友人と交わす会話はやはり体調の話題が多くなります。

身体には自重しつつ、これまでどおり精神的には前向きさを失わないよう、積極的にまた1年を過ごす所存です。ブログの更新頻度は多くありませんが(笑)、できるだけ思ったことは書き残しておこうと思いますので、引き続きお付き合いのほどをお願いします。

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