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2011年2月 6日 (日曜日)

過激派のダブルスタンダード

連合赤軍最高幹部の永田洋子が65歳で死亡した。1971〜72年にかけて起きた「山岳アジト事件」の首謀者である。

事件はもはや歴史的事象と化したが、事件当時私は中学生でどうしてこんなことが起きるのかわからなかったものの、家の近くで起きた凶暴で醜悪な事件とともに永田洋子の名前は心に刻まれた。永田洋子に似た名前の女性は皆過激派に思えたくらいである。誇張ではない。歌手の長山洋子さんなどには申し訳ないが(笑)、考えようによっては彼女がいたので救われたのかもしれない。

リンチの実態を覆い隠した「総括」という言葉は流行語のようになったし、実際冗談混じりに「総括しちゃうぞ」という言い方は自分もしたものだ。反省。

永田は何人もの「仲間」を殺した、あるいは仲間に仲間を殺させた。当時20代半ばだった。若さ故の暴走と言えるだろうが、その一言で片付けてよいとも思えない。

その永田が30代の時に獄中で脳腫瘍を煩い、治療をしてもらい、93年には国と手術した病院に慰謝料を求める訴訟まで起こした。それでも頭痛が続くことから2006年にも弁護士を通じて拘置所に治療を要求している。なんという自分勝手だろうか。怨霊信仰風に言えば、恨みと未練を抱いて殺された「仲間」達の怨念が脳腫瘍を発病させた、ということになろう。

思想の左右を問わず過激な連中は自己の目的達成のためには手段を選ばず、しばしば己のみを可愛がり、命の扱いに際してダブルスタンダードを適用する。「仲間」を虫けら同然に殺戮する一方で、己の生に執着する永田の態度にもそれは明確に現れている。死んでも惜別の気持ちなど起きない人物である。

せいぜいあの世でかつての「仲間」から総括されるがいい。

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コメント

連合赤軍の永田洋子(ひろこ)。共立薬科出ておとなしく薬剤師していたら良かったのに

「あさま山荘事件」は連合赤軍だけど。人質の牟田泰子。

なにっ?牟田は夫婦で九州から"公金横領"で長野県にホウホウノテイで逃げてきたらしい(立派な犯罪者

あさま山荘事件の当時には牟田の旦那がフィリピーナと不倫し妊娠

離婚調停の真っ最中に連合赤軍がドサドサと踏み込んだ。

いい迷惑だなあ

牟田泰子には他にも噂がありだけど

投稿: 連合赤軍は昭和の遺物 | 2011年2月 7日 (月曜日) 21時54分

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