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2010年12月20日 (月曜日)

航空100年

すっかり更新が滞っているブログであるが(笑)、日常の意見表明をツイッターで行っていると、時間は限られているのでこちらがおろそかになってしまうのは致し方ない。あまりのバカバカしさに政治批判もわざわざブログで行う気になれないこともある。

実は先月、羽田・成田の空港問題についての比較的まとまった記事を作成したのだが、なんというタイミングの悪さか、投稿ボタンをクリックした瞬間、よりによってプロバイダーのサーバメンテ(通告はあったがうっかり失念していた)に引っかかり、記事が消失してしまい、脱力感に見舞われたのである。

その記事の内容は記憶にあるので、復元するつもりだが、その前に同じ航空絡みの記事を作成することにした。先日東大安田講堂で開催されたシンポジウムを聞きに行ったのだが、その案内を受け取り、初めて今年が日本の航空100年の記念の年であることを知った。時には航空機を利用し、また空港問題や航空機、航空ネットワークに関心を持つ身としては不覚であった。もっと早く知っておくべきだった。

1910年12月19日、日野、徳川両陸軍大尉が代々木練兵場(現代々木公園)で我が国発の飛行に成功した。戦前の航空輸送は民間会社がいくつか作られ始まったとのことだが、その後国営会社への移行が画策され、その路線に乗った会社、反発して民間のまま運営する会社があり、大東亜戦争まで紆余曲折を屁ながら発展したようである。軍用機ではあるが名機零式戦闘機も忘れてはならないだろう(子供の頃よくフラモデルを買って作ったものだ)。

敗戦により我が国の空は飛行禁止になったが、戦後復興の中で航空輸送も再開された。日本航空(JAL)は国策会社だが、全日空(ANA)は民間のヘリコプター輸送会社としてスタートした。全日空の航空会社コードは当時の社名の日本ヘリコプター由来のNHである。YS11という一時代を気づいた国産のプロップ機も登場した。また海外渡航も飛行機輸送が主流になり、一般国民の海外旅行が自由化されたのは1964年4月1日であった。

1964年は(私が小学校に入学した年でもある)東京オリンピック開催と東海道新幹線開業という2つの出来事があった年として語られることが多いが、その後の日本の歩みを考えると海外旅行自由化も大きな出来事として記憶されてもよいだろう。

近年は多くが赤字経営の「多く作られすぎた空港」が批判されている。大型機に偏った機材構成で運用されてきた航空輸送も、赤字と不安定な航空輸送ネットワークの原因の一端だろう。新幹線という陸上の高速輸送機関が発達している日本の特徴もある(先進主要国では長距離高速輸送に占める鉄道の比率はせいぜい数%だが日本は約1/4である)。主要空港の着陸料が高額であったり、発着枠に制限があることも、航空会社には負担である。ANAは2010年月期に連結決算で500億円を超える赤字を計上した。ただしJALの経営体質をここで擁護するつもりはない。

こうした課題に対処するための方向性ともいうべき内容が、前述の安田講堂でのシンポジウムで、地域航空輸送のあり方をテーマに議論された。能登空港の搭乗率保証と国産小型ジェット機のMRJ(Mitsubishi Regilonal Jet)の開発が主要事例として紹介され、討論の対象となった。

以下はその概要である。

能登空港は開業時羽田便1往復の枠が割り当てられたが、どうしても二往復を実現したい石川県が全日空に働きかけて搭乗率保証を導入したものだが、目標率を下回った場合に県が全日空に補填金を支払うだけでなく、上回った場合は全日空が県に販売促進協力金を支払う「双方向」の取り決めで、当初三年はこの協力金が支払われ、その後目標率を幅を持たせて設定した結果、どちらも金を払わなくてよい水準の搭乗率を維持しているという。またタクシー会社の協力を得て運行している空港アクセスバスを予約制にすることで、安価かつ安定した輸送手段として定着させているという。リピーターを増やすための地域ぐるみでの取り組みもなされている。

三菱航空機株式会社が開発中のMRJは100人を下回る規模の小型ジェット機であり、省エネを実現した国産機である。全日空は既に初期ロットの導入をローンチカスタマーとして決定しているとのことである。

JALが撤退した静岡空港(これも無駄な空港として槍玉に挙げられることが多い)だが、フジドリームエアラインという地元資本の会社が小型ジェット機5機で複数路線を運用してそれなりの輸送量を達成しているようである。

確かに小型ジェット機であれば地域航空輸送の需要に柔軟に対応でき、搭乗率も確保できる。輸送需要の小さいところに中大型機を飛ばせば搭乗率が低くなるのは当然であるし、機材運用としても効率的とは言えない。フジドリームエアラインは現在エンブラエル170と175という小型機を使用しているが、省エネ高信頼の国産機への期待は大きいだろう。全日空もローカル線の運用を弾力できるとして期待をしているようである。

フジ社の社長が最後に「補助金をばらまくよりももっと自由に事業ができるような環境を整備して欲しい」という趣旨の発言をしていた。そのとおりだと思う。限られた国家財政の中で補助金交付には限界があり、また補助金漬けでの事業など発展が見込めない。能登空港の事例もそのことを示している。

来春九州新幹線が全線開通し、今後少なくとも2015年度までに金沢と函館まで新幹線が伸びる。そうなるとますます新幹線と航空の競争が激化する。羽田空港が再国際化した航空100周年の今年は、今後の航空輸送のあり方を考える必要のある、新たな100年の出発の年でもある。

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コメント

電気自動車よりソーラー軽量飛行機と以前から提唱しているのですが、時代は世界的にインチキエコカー補助金ばやりのようで(苦笑)

高性能スポーツカーを上回る速度と運動性を、省資源・低公害(無動力でも可能だから)で実現するには空を飛ぶしかないと思うんですがねえ。

投稿: wagonthe3rd | 2010年12月26日 (日曜日) 18時25分

>>wagonthe3rdさん

私も今のEVブームともいうべき社会現象は行き過ぎで、EVにも懐疑的なのですが、本物なら補助金無しでも大丈夫なはずなんですよね。

垂直方向の離着陸が可能な軽量ソーラー飛行船なんかは面白いかもしれないなあ、と勝手に妄想してみますw

投稿: フロレスタン | 2010年12月27日 (月曜日) 19時30分

>> 垂直方向の離着陸が可能な軽量ソーラー飛行船なんかは面白いかもしれないなあ、と勝手に妄想してみますw

それにグライダーを吊れば、無動力高速移動ができますね。電子機器はソーラー給電で十分でしょう。

投稿: wagonthe3rd | 2010年12月28日 (火曜日) 09時23分

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