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2010年10月 7日 (木曜日)

いつもどおりの一過性の騒ぎかな

今年のノーベル化学賞受賞者3人のうち2人が日本人。一昨年に続いての複数受賞は喜ばしいことだ。鈴木章、根岸英一の両氏には心から祝福と敬意を表するものである。

日本人は化学に向いているのかね、などと大雑把なことはいいたくないが、手先の器用さだけでなく脳の器用さというのはあるのかもしれない、などと思ってしまう。ほれ、脳科学者の出番だぜ(笑)。

毎日新聞なんぞは反応に日本人の名前がついている、とはしゃいでいるが、自然科学分野の定理、現象、単位などはかなり多くが人命由来または人命そのものである。こういう時だけ「国粋主義」になるのね(笑)。

テレビも新聞も片方で偽科学をネタに商売している(特にテレビは酷いよね)のに、こういうは科学マンセーである。一昨年もそうだった。いい加減にしろよ、といいたい。この業界、科学音痴の文系出身者が牛耳ってんじゃないか。ノーベル賞受賞をネタにした出版もこれからやってくるのだろう。過去にも小柴ネタや益川ネタの書籍が一時期だけ書店の店頭を賑わした。

すべての賞をノーベル賞と同じように報道しろ、などと無茶は言わないが、意義のある賞であればもっと日常的に取材して広く国民に知らせることもメディアの役割だろう。秋口から年末だけノーベル賞で大騒ぎする科学技術立国というのは、季節のせいではないのだろうが、なんだかお寒い。

また、いつものように国は科学技術の振興の支援を充実させろ、という声も上がっている。しかしそれは一部の既得権益者や声の大きい者、政治力に長けたところに予算を投下する形であってはならない。

根岸さんは「応用の学問である化学(有機合成化学)をやるからには世の中の役に立たなくてはならない」という信念で仕事を続けてこられたそうだ。どこかの前総理などと違って東大工学部卒の尊敬に値する先輩である。経歴を見ると帝人という民間会社が大学卒業後のキャリアのスタートである。田中耕一氏も博士号なしの民間企業の社員で同じ化学賞を受賞した。基礎研究の予算の拡大だけでなく、民間企業の研究開発に対する税制や知財をはじめとする各種の施策によるサポートも充実させることが必要だろう。

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コメント

こういう時のマスコミのバカ騒ぎは、みにくいですね。ひろさちや氏が書いてましたが、ノーベル賞って、すでに偉大な人物に賞を与えることによって、賞自体の権威を高めているとか。寄生虫のような存在ですよね。

投稿: 狩野ATOK | 2010年10月 7日 (木曜日) 23時24分

ははは。つまりノーベル賞受賞が凄いのではなく、凄い学者に賞を与えているのがノーベル財団だというわけですね。

もう少しするとペルーの小説も翻訳されて、スペイン語の翻訳家の懐がちょっこし潤うかもしれません。

投稿: フロレスタン | 2010年10月 8日 (金曜日) 00時07分

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