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2010年2月16日 (火曜日)

札幌五輪の頃はこじんまりしていたなあ、としみじみ

もうあれから38年も経過したのか。早いものだ。テレビ観戦しただけだが、冬季五輪がやってくる度に懐かしく思い出される。
あの時は、アルペンスキー、ノルディックスキー、バイアスロン、リュージュ、ボブスレー、アイスホッケー、スケートだけだった。当然スノボやフリースタイル、カーリング、ショートトラックスケート、スケルトンはない。

あの頃と種目構成もほぼ変わっていないのはスケート(スピード、フィギュア)とリュージュ、ボブスレーくらいなものだ。それでも、スピードスケートも団体パシュートなんてのはなかったし、スピードスケートの靴もスラップスケートは当然無かった。フィギュアスケートも規定演技が廃止され、今のようなショートプログラムとフリーの構成に変わった。質的にはけっこう変化している。アルペンもスーパー大回転はなかったし、ノルディックも複合は団体なしの個人一種目だけ、ジャンプも団体はなかったし、距離も今でいうクラシカルだけだった。

かつての冬季五輪は大会そのものも夏季大会と比較するとマイナーだったのだ。
大石英司氏がブログで入賞なんてすぐに忘れ去られる、と書いていたが、確かにそうかもしれない。札幌の時のジャンプ70m級(現在のノーマルヒルに相当)の表彰台独占は今でもテレビは何度もその映像を映す。しかし、複合で6位に入賞した勝呂選手やリュージュ女子で4位に入賞した大高選手なんて、札幌五輪を回想する場合でも、名前が呼ばれることすらない。

だから皆メダルを取りたがるのだろうな。上村愛子は五輪のメダルに縁がないが、個人種目に限定すれば荻原健司も五輪でメダルはない。彼はアルベールビルとリレハンメルの団体のメダルだけだ。それでもメダルがあるだけいいのかもしれない。フィンランドのジャンプ選手のJanne Ahonenも世界選手権やW杯では実績があるのに五輪のメダルがなくて、今回現役復帰して参加している。でもノーマルヒルではメダルは取れなかった。

逆に一発金メダルを取っただけで消えてしまう選手もいる。勝負の世界とは数奇なものだ。

アイスホッケーも日本代表が五輪に参加できなくなって久しい。リーグ戦すら国内だけで維持できなくなり、チームが次々と解散する状況では、もう復帰は困難だろう。学生の頃、時々代々木第一体育館に日本リーグを見に行ったことのある者としては寂しい限りだが。

感傷はこれくらいにして、どんなドラマが待っているか、最後まで声援を送ることにしよう。

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