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2009年11月22日 (日曜日)

事業仕分けと科学技術政策について考えてみる(その2)

さて、それでもってスパコンである。

という私もスパコンとは縁遠い世界におり、実物も見たことはない(笑)。それで偉そうなことを言うなと叱られそうだが、論理的に考えればいいだけのことである。実物を知っている方が思い入れがあって感情的になってしまうこともある。

スパコンはパソコンの巨大なものではない。結果的に大きくはなるけれど(笑)。計算速度の違いであり、京速コンピュータというのは京都にあるスパコンのことではなく(下らんことを言っているんじゃないw)、1秒間に1京回(10^16, 10の16乗)=10peta FLOPS(※1)=の浮動小数点演算を行える性能のスパコンを2012年までに開発しようという国策プロジェクト(のはず)だった。

※1:参考までに1mega = 10^6, 1giga = 10^9 = 10^3mega, 1tera = 10^12 = 10^3giga, 1peta = 10^15 = 10^3tera である。Wikipediaによると、日本の政府調達のスパコンの演算速度は1.5tera FLOPS以上とあるので、京速コンピュータはこの最低限の6600倍超の性能ということになる。

(地球温暖化の一方的な予測の道具となっている)いわゆる地球シミュレータはスパコンである。円周率の計算あたりはわかりやすい例かもしれない。これは実用的な用途ではなく、コンピュータの性能を測定するベンチマークのような使われ方の結果なのだろうが。

日本では日立、NEC、富士通が製造を手がけていたが、現在では富士通1社のみである。

前置きはこれくらいにして。
そもそもスパコンの予算については、公開で実施される事業仕分けに不向きなのではないかと思う。
膨大な数値計算を必要とする現代科学において、スパコンのような高性能のコンピュータは不可欠であるし、それが世界一でなくていいのか、という科学音痴の民主党の文系バカ議員どもの頭は腐っていると思うが、じゃあ政府がジャブジャブ金をつぎ込んでやればいいのか、というとそれは別問題である。

高性能スパコンの必要性やその波及効果について、分野によって異なるという(今回の事業仕分け人の1人でもある)松井孝典東大名誉教授の指摘は当然のことで、自らの研究分野がこれを強く必要とする場合には今回の事業仕分けの結論には反発するだろうが、実はそれほど影響のない分野もあるはずで、そういう場合は本音では削った予算をこっちに回してくれと思っているはずだ。

つまり、科学者全員が口を揃えて意義を唱えなくてはならないのは、スパコンの予算を削ったことではなく、拙速に科学技術関連予算を政治ショウである公開の事業仕分けの俎上に載せたそのこと自体でなくてはならない。

1200億円だったかの予算をつぎ込むことでしか世界一のスパコンは実現できないか、という点は議論されて然るべきである。このあたりは池田信夫氏のブログでの記事やスパコン開発の現場に関わっていた西和彦氏との対談などが参考になるだろう。ITゼネコンなどと言われるが、スパコンに限らずコンピュータがらみの政府や自治体の発注は、「無駄な公共事業」になっている。

JosephYoiko氏は、ブログ「よいこ」で、予算を青天井で使っていいのは超一流の学者だけだ、と主張している。その通りである。博士号も持っていない私が言っちゃ悪いが、よくそれで学者やってられるよね、というレベルの大学教授がいることも間違いない。大学進学率は50%を超えて莫迦な大学生や大学院生が増えたが、それに伴って水増しされた教官のレベルも推して知るべしだ。言葉は悪いが「豚に真珠」なのだ。

堀江貴文は何で自分で稼がないのだ、と最近自身のブログで主張している。これは卓見である。おり、またJosephYoiko氏も日本の大学には所属せず自身の会社で研究費を稼いでいると言っている。私には悲しいかな、堀江のような金儲けの才もなければJosephYoiko氏のような飛び抜けた頭脳も持ち合わせていないが、なんとかこれまで補助金などに頼らず自分で稼いで食ってきた(※2)ので、この2人の言い分には頷くばかりである。いや、こうした例を持ち出さなくても、民間企業は必要であれば、自力で稼いだ中から研究開発予算を組んでいる。稼ぐのに最先端の技術は必ずしも必要ではない。むしろ枯れた技術の方が製品として市場に出すには適している。

学者だけではなかなか銭稼ぎができないだろうから、これをサポートするスタッフや体制作りが必要だ。そういう社会の仕組みをつくっていく必要がある。民主党が本当に日本を変える、というなら、大衆受けはよいかもしれないがチマチマとした予算の節約にしかならないパフォーマンスなどやっていないで、こういう本質的なところに踏み込んで具体的な施策を打ち立てる必要があるのだ。

(※2)
取引先からの売上の原資に税金やら補助金やらが充当されていることはあっても、自身で直接補助金を受け取ったことはない。また父親が公立学校の教師だったし、国立大学を出ているので税金で育ててもらい教育してもらったことは間違いないが、それは仕事を通じて社会還元していると自負している。

人の金(政府予算)だと思うから、その値段が適当かどうかもあまり考えず、湯水のように金をつぎ込んで恥じない科学者には困ったものである。また科学技術は政府予算をあてにして当然だと思っているのだとしたら、それもどうかと思う。

若者の夢をなくしてしまう、というけれど、若者を出汁に使うなよ。
この経済状況下で経済的な理由で進学を諦めたり、能力があるのに就職できない若者が大量に発生することの方がよほど問題だろう。もっとも科学技術に国境はないのだから、日本がダメだと思えば一所懸命努力して奨学金もらって海外に出て行けばいい。

それを頭脳の流出だというのなら、その防止のためには、義務教育でもない公立高校の授業料をタダにするというばらまき(※3)をするほうがよほど事業仕分けで削減すべきだ。そして有能な若者に重点的に投資すればよい。

(※3)下手すりゃ、この記事にあるみたいに、障碍があって自由に動けない高齢者を襲って金品奪うような高校生まで授業料がタダになっちまうんだぜ。

ああ、有能かどうかを判断できる大人があまりいない、という問題があるかもしれないな。それなら、小中学校くらいで理屈っぽくて教師に嫌われる、という特性を持った子供が多分該当すると思うよ(笑)。教師が有能でないから、本能的に有能と感じた子供を拒絶するわけよ。

さて、ところでスパコンの性能が世界一である必要があるかどうかは意見が分かれると思うが、少なくとも新しい発見や証明などは世界で一番早く認められる必要がある。そのための基礎は人間なのだ、ということを、与野党を問わず、またイデオロギーの違いによらず、政党や政治家個々にはきちんと認識してもらいたい。最先端の科学技術研究を支える人間を育てるのに一律のばらまきが適しているかどうか、よく考えて欲しい。

繰り返すが、ダメなら来夏の参議院議員選挙で落とす、それだけだ(笑)。

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コメント

日本の競争力を復活させたければ、破綻したかつての教師のためでない、真の「ゆとり教育」の実現が必要ですよ。

日本の経済成長を支えた団塊の世代が、多くが中卒、高卒で大学進学率が高くなく、大学に行ったインテリ層がやったことは全共闘運動。

となれば、日本的な高学歴が、日本の戦後発展をもたらせたのではなく、田舎の小中学校での教育と、日本企業のOJTが優れていたということではないでしょうか。ちょうど明治維新移行の日本の近代化に寺子屋教育の普及が貢献したように。

それが最高の教育機関「いい会社」に入るための競争が激しくなるにつれて、その「入学」資格に必要な学歴が中卒・高卒からどんどん挙がっていって、ついには技術系では修士卒ということになったのではないですか。

その一方で、成果でなく素質を争うものだからこそ、受験戦争が低年齢化し、ついには幼稚園の入学を競うまでになったのではないですか。

つまり、日本は産業が空洞化する以前に、教育システムが絶望的なほどまでに空洞化してしまっています。まずは、ここにメスを入れないといけないのではないでしょうか。

寺子屋教育や、かつての田舎の小中学校を、時代のニーズを加味した上で、どう現代に復活するか。今となっては相当厳しいとおもいますが。

投稿: wagonthe3rd | 2009年11月22日 (日曜日) 03時54分

>>Wagonthe3rdさん

きちんとした統計データで裏をとった訳ではないのですが、タイムラグを考えれば1960〜70年代の高度経済成長を支えたのは戦前生まれの人たちでしょう。団塊の世代はこの時大学紛争や反戦運動などで騒いでいますから、経済成長には寄与していない。むしろその前の世代の成果を食いつぶしたと言えます。

しかも同世代の人数が多いから、名目的な競争は激化するし、受け皿としての高等教育機関も増やさざるを得ない。教育の質の低下の根源はこのあたりにあるかもしれませんね。

寺子屋教育に見られる読み・書き・算盤という基礎教育の徹底、それに戦前の田舎の公教育(旧制中学)に恐らく見られたであろう一見無駄に思えるような哲学や芸術などに没頭するような行為を容認する、いわば奥の深い教養を身につけさせるような姿勢が必要ではないでしょうか。

「コンクリートから人」へ、ではなく「コンクリートも人も」必要なのが現代文明です。どちらもばらまきが問題なだけです。

投稿: フロレスタン | 2009年11月22日 (日曜日) 14時17分

スパコンて下品な響きの略称ですよね。
関係者やマスコミが仲間うちでするのならいいですけど。
この名前からは、関係者のひたむきさやまじめさが伝わりませんよね(あるとしたら)。まじめな論議を最初から放棄したような…

投稿: 狩野ATOK | 2009年11月22日 (日曜日) 17時47分

> 団塊の世代はこの時大学紛争や反戦運動などで騒いでいますから、経済成長には寄与していない。むしろその前の世代の成果を食いつぶしたと言えます。

大学に行った15%はそうだったかもしれませんが、中卒、高卒で現場に入っていた人は、すでに中堅、ベテランであり、増産に次ぐ増産に貢献していたと思いますよ。

でも、確かに帝大以来の知的伝統を食い潰したのが大学に残った団塊の世代かもしれませんね。

投稿: wagonthe3rd | 2009年11月22日 (日曜日) 18時59分

>>狩野ATOKさん

菅直人がおかしな反応したので、スパコンが政治の道具になってしまった。圧力団体よろしくアピールすればいいというのでは、自公政権の時と何も変わらない。困ったものです。科学技術分野を全部聖域にしかねません。これじゃ逆に世の中から反発されてしまう。

>>wagonthe3rdさん

団塊世代の最初が1947年生まれですから、中卒だと1962,3年くらい。第一次オイルショックの時に20代半ばですから、中堅、ベテランではないでしょう。高度経済成長の後半期を支えたかもしれないけれど、コアではありませんね。大量の単純労働供給という意味では役に立ったことでしょうが、所詮は特殊な時代だったという認識が必要です。日航OBの企業年金なんかその認識のない最たるものだと思いますよ。

教育の空洞化という視点なら、少数かもしれないけれどやはり大卒の団塊世代は負の遺産を残してしまった。

投稿: フロレスタン | 2009年11月22日 (日曜日) 20時07分

"所詮は特殊な時代だった"

は的確な認識だと思います。高度成長期において、製造業は、「ある程度の技能」の人をある程度の待遇でたくさん雇って中流階級をつくってきた。しかし、今、製造業は、パワーが衰え、中流階級の基盤となったかつての力を持っていない。一方で、現代において益々重要になっている、金融、ソフトウェアなどの産業は、高給を受け取る「少数の優秀」な人がいれば発展する産業です。

これからの教育は明治と同じように、本物のエリートを創ることを目標にすべきだと思います。いっそのこと、増えすぎた私大を”事業仕分け”して前身の専門学校に格下げ、補助金を停止して、国立大学主体に戻せばどうでしょうか。

投稿: outlaw | 2009年11月22日 (日曜日) 21時03分

>>outlawさん

>これからの教育は明治と同じように、本物のエリートを創ることを目標にすべきだと思います。いっそのこと、増えすぎた私大を”事業仕分け”して前身の専門学校に格下げ、補助金を停止して、国立大学主体に戻せばどうでしょうか。

賛成ですね。
私大の多くは実学重視なんて言っているけれど、要するにやっていることは専門学校と同じようなものでしょう。実態に制度を合わせるべきです。

大学院の定員も減らすべきでしょうね。

もっとはっきり言えば、その特殊な時代の象徴ともいえる団塊世代がいなくなった後の人口構成の社会を今から前提にして制度設計することが必要だと思います。

彼らの大半がいなくなった後、そのほぼ10年遅れの私らの世代は逆に前後と比較して人口数が最初から最も少ない(極小)ので、下の世代にあまり負担かけませんよ(笑)。だから就職氷河期にぶち当たった団塊ジュニアの処遇が一番問題でしょう。

投稿: フロレスタン | 2009年11月22日 (日曜日) 23時06分

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