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2009年9月12日 (土曜日)

プロ市民が勢いづく東京外郭環状道路西区間

高速道路がらみのエントリーが続いて恐縮だが、私の専門領域であり、また民主党政権の矛盾がよく出ている分野でもあるので、お許しいただきたい。

昨日のエントリーで、3社の受注競争になりかけた東京外郭環状道路の西区間だが、今朝の毎日新聞の報道によると、民主党政権で「無駄な公共事業として見直し」の可能性があるそうだ。びっくりしたなあ。これでは、時の政権が無駄だと言ったら、何でも中止、廃止になってしまう。

沿線の反対派の市民団体(という名のいわゆるプロ市民)が元気づいているらしいが、これは社民党との連立や声の大きい民主党内左派の影響が大きいだろう。

確かにあの沿線には大都市にとっては貴重な自然資源もある。しかし、環状道路も大都市にとっては必須のインフラなのだ。首都クラスの世界の大都市の地図を見れば一目瞭然である。東京の環状道路の建設は遅れているのだ。圏央道のようにあまりにも都心から遠い環状道路は、外環や首都高中央環状線とは役割が違う。圏央道は国道16号という郊外都市を環状に結ぶ幹線道路のパイパスであり、(核都市連絡道路※の建設が絶望的な現在、実質的に)業務核都市の連絡というのが主な役割だが、外環は都市内インフラとして都心への通過交通の流入排除という基本的な機能を中央環状線とともに担う。GDPでシナに抜かれようとしているが、北京と東京の環状道路の差も(たくさんあると思われる)原因の一つだろう。

※与野JCT〜さいたま新都心〜見沼の首都高S5は核都市連絡道路の一部である。

「日本の誇る環境技術」で二酸化炭素の排出を25%削減といっている民主党だが、それならその環境技術を使えば、各種の道路公害を低減し、沿線の自然環境と共存する道路建設も可能なはずである。長年事業が凍結されている間に、当初都市計画決定の高架方式から大深度地下方式を可能にしたのも、日本の技術革新の賜物ではないか。首都高中央環状線の影響で、飛鳥山(東京都北区)の桜は枯れてしまったのだろうか。

沿線の人たちが身近な居住環境を守りたいのはわからないではない。しかし、比較的裕福な人たちが住むとされている当該区間の沿線だが、そうした豊かな暮らしも経済が衰退すれば維持できない。外環は日本のために必要な国家レベルのインフラなのである。自動車の時代でもないのに時代遅れ、といわれそうだが、現実には石油燃料を動力とする自動車の終焉であり、EVや燃料電池車に移行しようとも、環状道路の役割がなくなるわけではない。

「高速道路無料化」で増加するであろう交通を捌くためにも環状道路は必要なのだ。全くもって民主党の政策は、一つ一つが目先の正義を追いかけて、全体として整合性がなくなっていると言える。池田信夫ブログでしばしば登場する「一段階の正義」と「合成の誤謬」の典型例だ。

プロ市民を含む環境原理主義者たちが大好きなドイツ(中央集権国家ではなく連邦国家である)では、高速道路を含む国家レベルのインフラは、地方レベルで拒否はできないのである。

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