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2009年5月30日 (土曜日)

箸墓古墳を何が何でも「卑弥呼の墓」にしたい人たち

考古学者や歴史学者や奈良県の歴史や観光などの関係者の中に、勝手に邪馬台国は大和にあったと結論づけて、出世や名声、あるいは経済的利得が欲しい人たちがいるようだ。


箸墓古墳、240~260年築造 卑弥呼の死亡時期と一致 炭素年代で判明

時期が近いということがわかっただけで、炭素年代測定法は場所まで特定しない。最初から結論があるとこういうことになるのだな。マスゴミもどうやら畿内説が主流のようだ。

先入観なしで見れば、この古墳の築造年代が、土器の形式からは270年代前後、炭素年代測定から240〜260年ということは、260〜270年あたりと考えるのが現時点では妥当だろう。仮に卑弥呼の没年が248年とすれば12〜22年のずれがある。大規模古墳だから築造に時間がかかったと見ることもできるが、埋葬者の生前から築造が始まったと考えることも可能だろう。要するに何も断定できる要素はないのだ。

正直なところ、邪馬台国がどこにあったか、どうでもよいと私は思っている。決定的な新しい証拠が出てくるといったようなよほどのことがない限り(宮内庁が姿勢を変えればその可能性はあるかもしれない)、この問題は決着はつかないのではなかろうか。そしてそのことで研究者もアマチュア愛好家も、ああでもない、こうでもない、ここだ、あちらだと議論をしながら幸せな時間を過ごしているのだ。

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コメント

> 管理人様

> 考古学者や歴史学者や奈良県の歴史や観光などの関係者の中に、勝手に邪馬台国は大和にあったと結論づけて、出世や名声、あるいは経済的利得が欲しい人たちがいるようだ。

結構、こういう「既成事実」を作りたくて、小説家とかに歴史小説を依頼するケースもあると聞いております。そして、「利権」を得る者が喜ぶのでしょう。

ご指摘のように、この一件は宮内庁がよっぽど情報を開示してくれませんと、あるいは調査を認めてくれませんと、これ以上の進展はないように思います。もちろんそれは、天皇制史観に対して、かなりの「修正」を求められることになりますが。

投稿: tenjin95 | 2009年5月31日 (日曜日) 08時38分

>>tenjin95さん

司馬遼太郎の歴史小説があたかも史実のように受け止められているという現実もありますし、大河ドラマあたりも地域振興のための誘致合戦が加熱していますからねえ。

別に誰かが得しても全体として国民経済にプラスであればいいのですが、黒を白と言いくるめてまで金儲けや名声獲得に走るのは関心しません。

天皇家の「万世一系」については、一度個人的な考え方を記事にしてみようかなと考えています。

投稿: フロレスタン | 2009年5月31日 (日曜日) 14時37分

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