« 悪意のある?記事の表現 | トップページ | 人材派遣会社の元締め女はいずこへ »

2008年12月14日 (日曜日)

「歓喜」も半ばだろう

ジュビロ磐田J1残留。Jubiloは歓喜という意味だが、先日の鹿島戦に続くロスタイムの失点で、歓喜どころか絶望のどん底に落ちるところまで紙一重だった(仙台がもう1点取れば2戦合計3-3となり、アウェーゴールの多い仙台が昇格だった)。居住地の関係で今年はインターネットラジオ中継でしか実況がなかったが、毎年入替戦は両方が必死に戦うところが魅力なので、2戦ともホームの放送局のアナウンサーが露骨な地元びいきの実況をするのを聴いた。

ただ、今年は例年よりはJ1とJ2の差を感じたのも事実。仙台は3位争いで消耗そして満足してしまったのかしもれない。これが来年だったら自動昇格なんだが…

磐田は最後に肝を冷やしたわけだが、戦いそのものは実況を聞いている限り、磐田の試合運びが上手だったという印象がある。もっとも得点はいずれもラッキーボーイ的存在の松浦であり、それはそれで悪くはないのだろうが、引退する名波が「この活躍で来年は研究される」と述べたように、線香花火のように終わってしまわないことを願うものである。前田遼一は得点こそなかったが、頑張っていたようだ。

磐田が2回目の監督となるオーフトはこれで退任。これは妥当だろう。本人も残留させるまで、ということで来日していたはずだ。しかも前回は当時のJリーグに昇格して間もない発展途上の磐田を成長させるために監督に就任したもので、これまた成長途上だった日本代表の監督を務めた後の就任である。このようにオーフトはしばしば育成型の監督と言われるが、そのオーフトに緊急避難的に残留をかけて監督を依頼せざるを得なかったところに磐田の窮地が象徴されている、といってよい。

世代交替の失敗をよく言われるが、それは他のチームにもあること。磐田がそうなら、それはずいぶん前から言われていることで言い訳にはならないはずだ。恐らく切り札監督と思われていた山本昌邦が使い物にならなかったのが大誤算なのだと思う。それ以降、アジウソン、内山と短期間で監督が交代して低迷するチームを立て直せていない。

名波は、入替戦後のインタビューで鹿島は毎年優勝争いをしている、どこが違うのか追求する必要がある、とも述べたが(jsgoal.jpによる)、端的に言ってしまえば鹿島はチーム戦術に選手を当てはめている(だから選手補強もどこかのチームのように節操のないものではないし、ブラジル人選手でも使い物にならないのはすぐに戦力外になる。ごく例外的に一時期を除いて4-4-2システムが一貫しているし、外国人選手もブラジル人だけだ)のに対して、磐田は俗にNシステムと呼ばれた戦術に象徴的なように、人に合わせたチーム戦術をとっている(ように見受けられる)点が違うのではないかと思う。藤田俊哉が全盛期で在籍していた頃は、彼の能力でこの個の力に頼った戦術をチーム戦術として消化しきれていたのだと思う。その証拠に藤田がオランダに移籍するとチーム成績は下降し、結局彼はオランダに未練を残しつつ、半年で呼び戻される。藤田を放出した後、磐田の司令塔と言われる選手がそれだけの働きはしていないだろう。

今年に限って言えば、カレンや太田など攻撃的な主力選手が使えなかったというのも戦力的には大きいかも知れないが、そんなことを言ったら鹿島はそれこそ小笠原の代わりに中後が活躍し、田代が不振になれば興梠が成長するなど、一貫したチーム戦術に選手が適合しているのだ。磐田よりも補強費の劣る大分が躍進したことも、磐田経営陣は参考にすべきだろう。かつての栄光を背負ったままチーム崩壊の危機にあるのが東京ヴェルディ。磐田はその道を歩むのか、それとも再生するのだろうか。

|

« 悪意のある?記事の表現 | トップページ | 人材派遣会社の元締め女はいずこへ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34842/43412269

この記事へのトラックバック一覧です: 「歓喜」も半ばだろう:

« 悪意のある?記事の表現 | トップページ | 人材派遣会社の元締め女はいずこへ »