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2008年4月25日 (金曜日)

書き言葉の成立と時代の変化

23日水曜日放送のNHK「その時歴史が動いた」は、古事記の成立を日本語の確立と絡めた新しい視点で制作されており、なかなか面白かった。

それまでの日本語表記は、いわゆる万葉仮名や漢文表記を含めて、漢字が専ら用いられていたが、統一的な表記法がなく、読みにくいものだった。それを太安万侶と稗田阿礼のコンビによる古事記で、万葉仮名風の統一的な書法を成立させたもので、それを可能にしたのが稗田阿礼の抜群の記憶力に依拠した「誦習」だという。

これを見て思い出したのが、14世紀、イタリア語(中世)の成立にはダンテの神曲からボッカチオのデカメロンに至るトスカーナ州出身の文学者の寄与が大きく、また同じく中世の英語の成立には、同時期のチョーサーによるカンタベリー物語が大きく影響している、といったことである。

時代が下ってスウェーデン及び帝政ロシア支配下にあったフィンランドでは、近代フィンランド語がエリアス・レンリョートによる叙事詩カレヴァラの採取と記録によって確立された。民族言語の獲得はフィンランドの独立運動へと発展していく。

デンマークから独立したノルウェーでは、民族言語の確立を求めた結果、BokmaalとNynorskという「2つの言語」が並立している。確かBokmaalはほとんどデンマーク語そのもの?

フランス語については「ラテン語からフランス語へ」というサイトを見つけたが、フランス語の確立もやはり中世のようで、古フランス語の文学は英国やイタリアよりも早く、「1100年ごろの『ロランの歌』で一つの文学的傑作に達します」ということだそうだ。そして13世紀くらいになるとフランス語の公文書が多くなってくるという。そして現代フランス語の規範は17世紀のルイ13世治世下に設立されたアカデミー・フランセーズによって定められている。

面白いのは、古事記にやや先だって、アラビア半島では預言者ムハンマドを通じて神の言葉を記述したクルアーン(いわゆるコーラン)がアラビア語の規範(というかそのもの)である、ということである。

さて、古事記の成立に話を戻すと、あくまで今回のNHKの番組で紹介された説は1つの仮説にすぎないだろうが、歴史上の単なる一著述ではなく、日本語の書法の確立に大きく寄与したとすれば、画期的なことだ。平安時代になって平仮名が成立し、これによって書かれた源氏物語は世界最古の「エロ小説」(笑)だが(エロを抜かしても最古と言って良いだろう)、上述のように欧州の主要言語の確立が12〜14世紀であることを考えれば、太安万侶・稗田阿礼コンビの功績は非常に大きいということになる。

古事記の制作を命じた立役者である天武天皇は、万世一系の天皇家の系図からは「天智天皇の弟」ということになっているが、そうすると生年と業績に辻褄が合わない点が生ずるらしく、恐らく先帝とは血のつながりがなく、政権を簒奪した革命ないしクーデターであったのだろう。私は歴史研究の専門家ではないので2次資料からしか判断できないが、そう確信している。天智天皇暗殺説もあり、妻の持統天皇は人質あるいは「戦利品」と考えれば得心がいく。

日本語の表記方法ということであれば、近代になっての正岡子規や二葉亭四迷といった人物はこれに匹敵する功績を挙げたと評価できるだろう。この時代も徳川政権という武家政治から天皇制への政変である。

イスラームの成立は、間違いなくアラビア半島における大政変である。
欧州の場合はこれほど単純に割り切れないだろうが、帝政ローマの残像の消滅と主要国の枠組みの成立、十字軍遠征とこれによるイスラームの影響を受けたルネサンス、そして豊かさをもたらした中世の温暖期の終焉、ペストの大流行など、暗黒と言われる中世を経て新たな時代の光がさしてこようと言う時に、現代に通ずる書き言葉としての言語の規範が出来上がった、と概観できるのではないかと思う。

書き言葉というのは、自然発生的な話し言葉と違って、文学や宗教が大きく絡んでおり、政変や疫病流行などの大きな出来事に絡んで偉大な天才や権力者によって規範がもたらされた、というのが言語の歴史の一側面なのだろう。若い頃は、何とはなしに昔から書き言葉というのは自然に存在したように思っていたが、何という無知であったことか(^_^;)。よく考えれば、初期の文字(楔形文字や甲骨文字など)は権力者がその治世を記録するために生み出したはずだから(時代が下って始皇帝による焚書は漢字以外の文字を抹殺した)、書き言葉が自然発生的に成立するはずなどないのだが。

そしてこういう流れはテレビやインターネットによって断ち切られる運命にあるのかもしれない。
文字の発明によって生み出され進化してきた書き言葉が、電気的ないし電子的なデバイスの発達によってその本質を大きく変えようとしている文明の変曲点に今は差し掛かっているのだろう。

(追記)
ペストの大流行をもたらしたと言われる、これに先立つ13世紀のモンゴルの欧州侵攻のことを書くのを忘れていた(苦笑)。他民族、それも東洋人に領土を蹂躙されれば民族意識(国家意識の原型みたいなものか)も目覚めるだろうし、それに引き続いて疫病で1/3も人口が減れば、何とかしよう、人々を元気づけようと文学作品の秀逸なのが現れるのも当然だろう。

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コメント

司馬遼太郎が夏目漱石の業績を”口語を小説に取り入れることに成功し、その後の口語体の流れを創ったことである。”と言ってますが、なるほどそのとおりかと、文学かぶれでない私は感銘を受けたものです。

投稿: outlaw | 2008年4月27日 (日曜日) 10時57分

>>outlawさん

なるほど、夏目漱石と現代日本語の口語体の流れですか。
教育の普及とともに、書き言葉と話し言葉が相互に影響しあうということなのでしょうね。

江戸時代はどんな話し言葉だったか実はよくわからないらしくい(時代劇の台詞は架空のもののようです)ので、司馬遼太郎の説が正しいなら、夏目漱石も偉大な人物ということになりますね。

投稿: フロレスタン | 2008年4月27日 (日曜日) 17時35分

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