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2008年4月29日 (火曜日)

言葉遊びで学問、表現の自由の概念を弄ぶ法学者

光市の母子殺害事件の広島高裁差し戻し判決から、瀬尾某という青山学院大学准教授が釣れて、その先に北大法学部の町村泰貴教授が引っかかっていて、そちらのブログ(Matimulog)が炎上状態。
准教授の個人blogの記述に勤務先大学学長が謝罪
青学准教授のblog記事を元に処分か?

表現の自由だの学問の自由だの大学の自治だのと、もう脳内お花畑満開の議論が展開されている。何百とコメントがついていて(私も全部見たわけではないし、読むに値しないコメントも多数ある)、時間のある方は覗いてみると、如何に大学の先生が浮世離れしていても務まるのか、ということの一端が伺える。

そもそも大学教員の多くは、研究者としての意識ばかりが強くて、教育者であることの責任感が薄いのではないかと思えるのだが、何か本人に力がないのに肩書きの力を自分の力と勘違いしている大企業の役員、管理職にも似た滑稽さを感じる。

それはともかく、学問や表現の自由の侵害という点で言えば、瀬尾の落書きなんぞ表現にも値しない(とまあ私もかなり乱暴な表現をしばしばこのブログでしてますけどねw)訳で、世界的な二酸化炭素地球温暖化主犯説ファッショの流れの中で、異論が学術雑誌や一般誌、新聞などに掲載されなくなっているらしく、こちらの方がはるかに大きな問題(脅威)と言わざるを得ない。

極地の研究者によると「北極の氷は数十年サイクルで増減を繰り返している」が、現在の圧倒的多数派は現在の北極の氷の現象は二酸化炭素が原因だと思っている。また現場の研究者、観測者によると南極では平均気温が上昇しているという事実はないとのこと。こういう主張は意識していないと目にすることがなくなってしまっているのが現状である。

中世ヨーロッパはカトリックのために学問や表現の自由がない暗黒社会だったようだが(ガリレオ・ガリレイはその典型的な被害者か)、現在は二酸化炭素主犯地球温暖化脅威教による暗黒社会が到来しているようである。

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浮動小数点演算?

夜のNHKニュースの「気象庁・大雨洪水警報に新基準を導入」というのに気象庁防災気象官の弟子丸卓也という人が画面に登場していた。でしまる、デシマル、decimal …うーん、何か数値データの精度が高くなりそうな苗字ではないか(笑)。冗談はともかく、効果的な予報を期待しよう。

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まともな記事は受け売りか(笑)

風知草:一般財源化に失敗しない方法=専門編集委員・山田孝男

山田君には珍しくまともなことを書いているな、「座布団1枚」(あ、やまだたかお違いねw)と途中まで読み進んだら、片山善博慶大教授(前鳥取県知事)の受け売りだった(笑)。まあでも正論を紹介してくれたのは評価していいと思う。「改革派知事」といっても、浅野史郎、橋本(橋下ぢゃないよ)大二郎、北川正恭、田中康夫など胡散臭いのがメディアの賛美に乗って一時期もて囃されて、実は結構負の遺産を作り出したままトンズラしてしまった、というのが多い中で、片山は(地元での評価は知らないが)そういう胡散臭さを感じない政治家だったと個人的には思っている。

地方自治の現場にいて、地方分権を口では叫びながら、頭と心はどっぷりと現在の制度に浸かっている大多数の地方自治体の長(知事や市長ら)が、一致団結してこういう主張をすればよいのに、やっていることは目先の予算編成だけのことしか考えずに徒党を組んで「ガソリン税の暫定税率の維持」を声高に叫ぶこと、という情けなさである。

そもそも国会の状況と暫定税率の期限を考えずに平成20年度の予算措置をした、という危機管理能力のなさ(というか惰性でしか行政を司れない無能さと言ってもいいかもしれない)には呆れるし、そこまで言うのは酷だとしても、コストの削減や地方財政の健全化といったことに実は余り関心がないことを暴露してしまった、という見方も出来るのではないだろうか。

もちろん、必要なインフラの新設や維持補修は必要である。それを今までどおりの枠組みでやるのであれば、首長のリーダーシップなど不要である。能書き並べて選挙で当選したのだから、もっと頭を使ったり、行動すべきではないのかな。テレビに出まくればいいというものでもないだろうが(笑)。

特定財源は道路だけ造っているのではない、区画整理などにも使われてまちづくりに役に立っている、という「詭弁」もあるが、区画整理も道路つくっているんだよ(笑)。もちろん道路だけ造っているわけではないけれど。それに区画整理も多くの地域で地価の上昇や宅地需要増加が見込めない状況ではやる意味がないし(地価が下がる場合には税負担で損失を補填しない限り理論的には実行不可能)、区画整理組合の不透明な会計処理の実例もある(この場合の補助金も道路特定財源から出ている可能性が当然ある)。マッサージチェア購入や残業代や家賃負担なども問題と言えば問題だが、そういうところばかり見て報道するのは大衆受けはしても、日本の「制度疲労」の本質は迫る力は持ち得ない。

また、暫定税率によしんば「環境税」の要素があるとして(私は、現在のような官僚機構が税金窃盗団的性格が強い状況での新税は新たな利権を生み出すだけなので賛成できない)、ならば例えば自転車専用通行帯の設置やバス専用レーンの強化、交差点部の安全性の向上策など、道路法や道路構造令その他関連法規の抜本的改革を主張すべきだと思うのだが、そういう声は聞こえてこない。

メディアはもっと勉強して突っ込めよ。記者クラブでぶらぶらして「大本営発表」を垂れ流すだけで高給もらっているから莫迦になるんだよ。

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2008年4月26日 (土曜日)

話題の0.5人前の女性

(ご存知でない方は瀬尾佳美=せおかみ=で検索して下さい。カテゴリーはブラックジョークです)
C'est お上(んな訳ないよなw)
背を噛み(こんな女に噛まれたくねえ(^_^;))
SEO神(いつまで検索上位に位置することやらw)

どれも今ひとつだなあ…(^_^;)

(追記)
いやいや、2chが完全に祭り状態ですなあ。学長が口頭で本人に注意の上、大学のウェブで謝罪したのに、学長には面識ないし、その日は授業で学長には会ってない、などと言っているらしい。

そんなことより、このページですよ(笑)。念のため魚拓
リスク管理の専門家という触れ込みでこんな本出しているのに、自分のブログのリスク管理は、というのは誰にでもよくわかる皮肉だが、一番下を見ると面白いことが書いてある。

☆ このサイトは「マック+ネットスケープ」、またUnixの上のブラウザーでは正しく表示されないことがあります。
いや、そりゃM$ WordなんぞでHTMLファイル作ったらMacやUNIXでは正しく表示されないことがあるだろう。わかっているのに何でWord使うんだw。他にツールが使えないのかな
?自分でソースファイル見たことがあるのかな?ヘッダなんて汚ねえ、汚ねえ。Wordぢゃなければここまでのものは吐き出せないだろうな。でもって、そうした(間違いなく少数派の)ユーザーに正しく見てもらえないリスクは無視ということか。さすが「プロ」だな。

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他人を巻き込まずにひっそりと死ねや、ゴルァ

硫化水素による自殺がブームのようだ。困ったブームだ。
電車に飛び込んで死ぬ莫迦もどうしようもないが、毒性のある気体で自殺を図るとはなんたる浅薄さと凶悪さ。毒性の強さその他物理的・化学的特性は異なるとはいえ、やっていることはかつてのオウム真理教と変わらないのだ。

硫化水素で自殺する(した)奴は、麻原彰晃と同類と認定だ。

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2008年4月25日 (金曜日)

書き言葉の成立と時代の変化

23日水曜日放送のNHK「その時歴史が動いた」は、古事記の成立を日本語の確立と絡めた新しい視点で制作されており、なかなか面白かった。

それまでの日本語表記は、いわゆる万葉仮名や漢文表記を含めて、漢字が専ら用いられていたが、統一的な表記法がなく、読みにくいものだった。それを太安万侶と稗田阿礼のコンビによる古事記で、万葉仮名風の統一的な書法を成立させたもので、それを可能にしたのが稗田阿礼の抜群の記憶力に依拠した「誦習」だという。

これを見て思い出したのが、14世紀、イタリア語(中世)の成立にはダンテの神曲からボッカチオのデカメロンに至るトスカーナ州出身の文学者の寄与が大きく、また同じく中世の英語の成立には、同時期のチョーサーによるカンタベリー物語が大きく影響している、といったことである。

時代が下ってスウェーデン及び帝政ロシア支配下にあったフィンランドでは、近代フィンランド語がエリアス・レンリョートによる叙事詩カレヴァラの採取と記録によって確立された。民族言語の獲得はフィンランドの独立運動へと発展していく。

デンマークから独立したノルウェーでは、民族言語の確立を求めた結果、BokmaalとNynorskという「2つの言語」が並立している。確かBokmaalはほとんどデンマーク語そのもの?

フランス語については「ラテン語からフランス語へ」というサイトを見つけたが、フランス語の確立もやはり中世のようで、古フランス語の文学は英国やイタリアよりも早く、「1100年ごろの『ロランの歌』で一つの文学的傑作に達します」ということだそうだ。そして13世紀くらいになるとフランス語の公文書が多くなってくるという。そして現代フランス語の規範は17世紀のルイ13世治世下に設立されたアカデミー・フランセーズによって定められている。

面白いのは、古事記にやや先だって、アラビア半島では預言者ムハンマドを通じて神の言葉を記述したクルアーン(いわゆるコーラン)がアラビア語の規範(というかそのもの)である、ということである。

さて、古事記の成立に話を戻すと、あくまで今回のNHKの番組で紹介された説は1つの仮説にすぎないだろうが、歴史上の単なる一著述ではなく、日本語の書法の確立に大きく寄与したとすれば、画期的なことだ。平安時代になって平仮名が成立し、これによって書かれた源氏物語は世界最古の「エロ小説」(笑)だが(エロを抜かしても最古と言って良いだろう)、上述のように欧州の主要言語の確立が12〜14世紀であることを考えれば、太安万侶・稗田阿礼コンビの功績は非常に大きいということになる。

古事記の制作を命じた立役者である天武天皇は、万世一系の天皇家の系図からは「天智天皇の弟」ということになっているが、そうすると生年と業績に辻褄が合わない点が生ずるらしく、恐らく先帝とは血のつながりがなく、政権を簒奪した革命ないしクーデターであったのだろう。私は歴史研究の専門家ではないので2次資料からしか判断できないが、そう確信している。天智天皇暗殺説もあり、妻の持統天皇は人質あるいは「戦利品」と考えれば得心がいく。

日本語の表記方法ということであれば、近代になっての正岡子規や二葉亭四迷といった人物はこれに匹敵する功績を挙げたと評価できるだろう。この時代も徳川政権という武家政治から天皇制への政変である。

イスラームの成立は、間違いなくアラビア半島における大政変である。
欧州の場合はこれほど単純に割り切れないだろうが、帝政ローマの残像の消滅と主要国の枠組みの成立、十字軍遠征とこれによるイスラームの影響を受けたルネサンス、そして豊かさをもたらした中世の温暖期の終焉、ペストの大流行など、暗黒と言われる中世を経て新たな時代の光がさしてこようと言う時に、現代に通ずる書き言葉としての言語の規範が出来上がった、と概観できるのではないかと思う。

書き言葉というのは、自然発生的な話し言葉と違って、文学や宗教が大きく絡んでおり、政変や疫病流行などの大きな出来事に絡んで偉大な天才や権力者によって規範がもたらされた、というのが言語の歴史の一側面なのだろう。若い頃は、何とはなしに昔から書き言葉というのは自然に存在したように思っていたが、何という無知であったことか(^_^;)。よく考えれば、初期の文字(楔形文字や甲骨文字など)は権力者がその治世を記録するために生み出したはずだから(時代が下って始皇帝による焚書は漢字以外の文字を抹殺した)、書き言葉が自然発生的に成立するはずなどないのだが。

そしてこういう流れはテレビやインターネットによって断ち切られる運命にあるのかもしれない。
文字の発明によって生み出され進化してきた書き言葉が、電気的ないし電子的なデバイスの発達によってその本質を大きく変えようとしている文明の変曲点に今は差し掛かっているのだろう。

(追記)
ペストの大流行をもたらしたと言われる、これに先立つ13世紀のモンゴルの欧州侵攻のことを書くのを忘れていた(苦笑)。他民族、それも東洋人に領土を蹂躙されれば民族意識(国家意識の原型みたいなものか)も目覚めるだろうし、それに引き続いて疫病で1/3も人口が減れば、何とかしよう、人々を元気づけようと文学作品の秀逸なのが現れるのも当然だろう。

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2008年4月24日 (木曜日)

頭脳はマイナーリーグ?

2008年4月24日 (木) 8:16 MAJOR.JP 松坂がインフルエンザで先発回避、次回登板は未定

【ボストン23日=ジェフ・ゴールドバーグ】インフルエンザの菌が、ボストン・レッドソックスのクラブハウスで蔓延している。(以下略)


インフルエンザの菌(笑)!
大丈夫か、major.jp?ちゃんとした記事を書こうな。

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2008年4月23日 (水曜日)

体力がないのか老舗プロバイダ?

本日16時くらいから、Mail Delivery Systemないし類似のエラーメッセージを装った大量のスパム攻撃を私のアドレスが受けています。今もまだ継続中。

いやはや、老舗というのはえてして困ったものだ、リムネット。もう14年にもなろうかというつきあいだが、その間経営体はいくつか代わり、サービス内容も低下。2chはじめネットでも対応の悪さは酷評されている。

一番問題なのは、スパムフィルターを全く用意していないことである。

ならば退会してしまえ、という訳にいかないのが長年使っていることの結果。

現状はというと、ニフティのアドレスに転送して複数のメーラーでチェックしているのだが、ニフティの方はウェブサービスでフィルタリングしたら、1時間ほどで学習の成果が現れて、だいぶ迷惑メールを廃棄するようになった。

リムの方はそれがないので、相変わらずである(苦笑)。

それにしても、オランダとかルーマニアだとかロシアだとか、踏み台にされているサーバが多いんだなあ。

(追記)
誰か私のアドレスを登録している「お莫迦さん」がウィルス感染でもしたかな?

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2008年4月22日 (火曜日)

歪んでいるのか司法

恐らく今日の午後からの学校や職場、各種会合などはさながら「一億総裁判員」の様相を呈しているのではなかろうかと想像する。家庭裁判所ならぬ「家庭が裁判所」かもしれない。

例によって、サヨク似非人権派のマスゴミ各社は「世論の後押しで凶悪事件の判決が厳罰化の流れ」であることに不満のようだが、ならばどうして裁判員制度に関しては、最高裁や法務省あたりの言うことを垂れ流すだけなのかな?

裁判官の思考停止状態を招いた永山基準なるものが、そもそもおかしいと思うのだが…
それと三審制とはいえ、最高裁が差し戻した裁判の結果に対して、上告できるというのも変だ。今回の広島高裁判決は(三度目の裁判で)実質的な最高裁判決だろうに。

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2008年4月21日 (月曜日)

たまたま見てしまったらいつものように

20日放送のテレ朝「近未来×予測テレビ」で味覚障害のことを取り上げていた。
微量元素の亜鉛不足による味蕾の喪失がその原因であることは、知る人ぞ知るである。未来予測でなく味蕾予測である(笑)。

このことを取り上げること自体はよいことだと思うし、知らない人に亜鉛の重要性を教えることも必要だろう。だが、この番組は例によって、一線を踏み越えている。

1つは食品添加物批判である。せっかく亜鉛を摂取してもある種の添加物はこれと結びついて体外に排出させてしまう、と。だが、画面に大写しになったアニメーションを見ると、全ての食品添加物が亜鉛を対外輩出させる、と誤解されてもしかたのないような描き方である。具体的にどういう添加物にその可能性があり、それはどんな食品に使われているのか、どれくらい摂取すると問題なの、といったことには触れられていなかった。そして最後はお決まりの「加工食品の食べ過ぎはよくない」。全く科学的でないのである。

おいおい、この番組のスポンサーはどうだか知らないが、あんた達のスポンサーの中には加工食品のメーカーだってあるだろう。

もう1つの問題は、そのことを象徴的に表現しようとしているのだろうが、コンビニ弁当やインスタント食品(カップラーメンだが)を食べている若者の映像を集中的に流していることだ。別に加工食品でなくとも、偏食を続けていたらろくな結果にはならない。あれでは刷り込みを狙っているとしか思えない。テレビの手法としては大いに問題があるだろう。

(注:携帯から編集画面を操作していたら、文章の最後の方が途切れてしまった。記憶を元に修復したので、最初と全く同じ文章ではないが、内容的には問題ないと思う。一言お断り)

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ベルリン五輪の再来か

シナチスなる言葉が出来たらしい。China + Nazisである。

独裁国家による国威発揚に利用されている
五輪火(いわゆる聖火)リレーが実施されている。
民族浄化が行われている(ユダヤとチベット)

など、1936年のベルリン五輪と今回予定の北京五輪には類似点が見いだせる。
もちろん、大気汚染やら商業主義やら異なった要素もあるのだが、日本という国家がその時点でどちらも(形式的にせよ実質的にせよ)、その開催国と政治的に近い関係(北京に対しては聖徳太子ですら拒否した朝貢国に実質的に成り下がっているという点で言葉もないが)である、というのも皮肉というか、興味深いというか、耐えられないというべきか(笑)。

カルフールを標的に今や彼国から、いつもの日本のような攻撃を受けているフランスだが、こうなる前にサッカー代表監督のドメネクが「五輪をテレビで見ないように」と呼びかけたのは慧眼だったかもしれない。恐らくホームタウンディシジョンの嵐、そして日本のマスゴミはそれすら頬被りで「勝者」を称えるに違いない。そんな豚芝居(敢えて猿芝居とは言わない)を私も見たくない。

各国首脳の開会式だけのボイコットなど、どれだけ意味があるのか。
結局は金に目がくらんでいるだけに違いない。欧州には黄砂は直接飛んでこないからな。EUなど、本当に過去のアフリカ政策に対して反省するのであれば、カルフールよりもダルフールの方が比較にならないくらい大きな問題だ。

火を聖なるものと見なすのは、恐らくアフラ・マズダ以来、多くの人類の共通の宗教的、呪術的感覚だろうが、共産主義はその宗教を邪悪なものとして否定しているのだ。「聖火」がもっとも似つかわしくない国の国威発揚のために、商業主義に堕した五輪が使われている、というのも皮肉なことである。

アフラ(ahura)は阿修羅(asura)の語源とも言われているようだが、恐らく今回の五輪では、開催国以外は阿修羅のような戦いを余儀なくされるのだろう。

(追記)
イスラームでは火は邪悪なものらしいが、五輪火(聖火)に対して、ムスリムたちはどういう感情をもっているのだろうか。

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2008年4月17日 (木曜日)

糞害に憤慨?いや弾圧に憤慨

北京オリンピックのメインスタジアムの愛称は「鳥の巣」か。
実際に鳥が住み着いていて糞害があるらしい。「鳥インフルエンザの巣」にならなきゃいいが(笑)。

材料の鉄鋼は9.11で破壊されたWTCの再利用だとか。ウィグルあたりのテロの標的になりそうだな(^_^;)。

そんなことより「聖火リレー」が蜂の巣状態じゃねえかよ!
(※聖火=元の英語はOlympic flameなので、単純に「五輪火」だな。聖火なんて訳したのは誰だ?)

あ、チベットでは乾燥させた家畜の糞が燃料ですな。

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2008年4月13日 (日曜日)

甘ったれるな、甘えを増長させるな

千葉県立八千代西高校で、入学金を持参しなかった2人が入学式に参加させられなかった、というニュース。

そもそもニュースにする価値があるのか疑問だ。最近は「弱者」擁護かなんかしらないが、こういう過剰な報道が多いような気がする。あくまで気がする、にすぎないが。あるいはニュースソースが不足しているのか、本当に報道する価値のあるニュースを探す能力がメディアに欠落しているのかもしれない。

教職員組合(また組合かよ)は教育的でないとこの措置を批判し、尾木直樹に至っては「生徒、保護者全員に謝罪しろ」などと暴走発言をしている。

莫迦じゃないのかね。期日までに入学金を支払わなければ、入学の意志がないと見なされて入学の権利を失う。千葉県は入学式の日に現金持参でいいのか。普通は入学式以前に振込納付だろう。そうでなければ学籍簿が作成できないではないか。ここの場合は入学意志だけ示せばいいのか。それだけでも十分に甘いと思うし、持参しなければ入学式には出席できないと事前に校長が説明していたというではないか。きちんと支払った他の家庭からすれば、何を甘えたことを言っているのだ、と思いこそすれ、同情する気にもなれないだろう。

それなのに校長、あるいは学校側に非があるかのように批判するのは一体どういう了見なのだろうか。

しかもこの2人の親は、そのその日のうち(1人は午前11時くらい、もう1人は夕方)に入学金を持ってきたという。もしも「寛大な措置」で2人を入学式に出席させていたら、親はしらばっくれて、いつまでたっても入学金を支払わない可能性もあっただろう。

給食費を(払えるのに)払わないで無銭飲食しているのを擁護しているのと根っこは共通のような気がする。

もしもこの2人の生徒が大学や専門学校などに進学を希望するなら、入学手続きはもっと官僚的、機械的だと言うことを知っておかなければ、せっかく合格した上級学校に進学できなくなるし、就職するにしても指示されたとおりの手続きをしなければ入社できないということを知るべきだ。

そういう点で、今回の学校側の措置は極めて教育的であると評価すべきだろう。

(追記)
この件で逆批判が殺到した尾木は、「あの5行では真意が伝わらない」と毎日新聞に不快感を示しているらしいが、それなら新聞取材にコメント出すのなんか止めよ。記者の都合のいいように短く編集されるのは当たり前のことで、それが嫌なら取材を断ればいいだけのこと。

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2008年4月11日 (金曜日)

チベットの現状に思う

ダライ・ラマ14世が訪日しました。

私は12年前にラサに行ったことがあります。
なので、最近の動向にはちょっと心を痛めています。オリンピックなぞこの際どうでもよいのです。善良なチベット市民や僧侶が弾圧されて、寺院や民家なども砲撃されているのではないか、と思うと、日本に生まれた我が身の幸福を感じないわけにはいきません。

同業の大学の先輩で、毎年一回秘境を訪ねてそこから日本を考える、という趣旨で旅行を企画している方がいまして、この一回だけですが参加しました。チベットに一度行きたいと思ってましたので。
(その前後にはウィグルや雲南、内モンゴルなども行っているようです)

旅行の主催は名古屋の会社。日本人と結婚して名古屋で旅行代理店を経営している漢人社長が添乗員としても参加してくれました。当時、日本人のやっている旅行会社だと、手続きの問題やらなんやらでチベットにはすんなりとは行けなかったのではないかと想像されます。

実際ラサで宿泊したホリディインは外国人専用のホテルで、警備も厳しく一般市民とは隔離されていましたし、前後の訪問先も胡散臭い医療機関とこれとセットになった漢方薬販売店などに連れて行かれました。名目は高山病対策ですよ(笑)。

今は鉄道も開通しましたが、当時は成都から飛行機が2便あるだけ。しかも早朝に連続して飛行するので、事実上1便です。これもできるだけチベットに行かさないような政策なのでしょう。何しろ独立国を侵略して併合したのですから。

一党独裁の異常さは、あんなに西にあるのに北京と同じ標準時を使っていると言う点にも現れています。チベットはミャンマーかバングラデシュくらいの経度上の位置ですよ。河川もブラマプトラのようなインドシナ半島に流れていくものの最上流です。仏教が河川でつながっているととも言えます。その仏教を北京の共産党政府は弾圧しつづけています。

ラサの空港から市内に移動する途中で、破壊された寺院や仏教彫刻、壁画などが目に入ってきます。破壊したものが多すぎて、隠しきれないのでしょうね(笑)。ターリバーンによるバーミヤーンの仏教文化破壊に抗議した平山郁夫画伯は、親(媚)中派のためかチベットでの文化破壊には何も言わないようです。

もちろん、破壊されたのは建物や文化だけではない。人も虐殺されています。数百万人とも言われているようです。

当時と比較すると、今テレビ画面に映るラサ市内はとても綺麗になっています。その綺麗さの裏で、漢人とともにやって来た麻薬や売春がはびこっているとも聞きます。

ラサ郊外の農村を訪れた時には、子供の頃の実家近くの農村風景を思い出させるような懐かしい気持ちになりました。

問題の根っこは、清朝の時代の国家構造に遡れるので、解決は容易でないことは明白ですが、宗教を邪悪視する共産主義と中華思想が結託している限り、悲劇は繰り返されるのでしょう。

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2008年4月 6日 (日曜日)

TBSによる洗脳番組

たまたまだが、TBSの「噂の東京マガジン」という番組の最後の方を見た。「農家デモ・野菜直売書に役所がノー」というもの(森本毅郎、小島奈津子司会、レポーターは笑福亭笑瓶、コメンテーターは北野誠、山口良一、風見しんご、リンク先の番組サイトには放送終了時点で先週の番組の内容が掲載されているので、もうすぐ今日の内容が登場するだろう)。

高崎市(旧群馬町)の話題である。
「地産地消」を掲げた「食の駅」という延床面積約1000平米の物販施設が、ここの市街化調整区域に立地し、開業後、行政の指導で売り場面積が縮小され、これに農家が反対している、というものである。

背景として、2006年1月の高崎市による周辺の旧群馬郡群馬町、箕郷町、倉渕村と旧多野郡新町の吸収合併(その後10月に旧群馬郡榛名町を合併)がある。施設の計画は合併前の旧群馬町の時代にもちあがり、市街化調整区域の開発ということで、開発許可権者は群馬県であった。そのため、県は大規模物販施設では認められないが、ドライブインならいい、ということで「便宜的」に許可をする方向で動いた。

しかし、合併後は高崎市が特例市ということで開発許可権者になり、高崎市は独自運用規定でドライブインでの物販コーナーは50平米以内にせよ、ということで売り場面積の縮小という事態に至った、というわけである。

番組は、「地産地消」を無条件によいものとし、農家も消費者も喜んでいるのだから、と行政を一方的に叩いていた。普段は「コンプライアンス(法令遵守)」を声高に叫ぶマスゴミだが、食の問題になると批判の基準はその都度変わるご都合主義になる、という典型である。国内の大手メーカーは本質的でないことで叩かれる(赤福、不二家、崎陽軒など)のに、シナ(天洋食品)にはほぼだんまり。そして今回は都市計画法違反の疑いが濃厚なのに、業者やそれを利用する農家を一方的に弱者に仕立て上げている。

「地産地消」は「地球温暖化防止」と同様に現代社会においては、批判を許さない絶対的な真理であるらしい。こういう空気は大東亜戦争前夜に似ているのではないか、と推測される。「地産地消」も「地球温暖化防止」も左翼の人達が大好きなスローガンだろうが、皮肉なことに彼らが警戒する「軍靴の音」はそのスローガンから聞こえて来るようだ。

まあ、そんな「戯れ言」はこの際どうでもいいだろう。ここにはより本質的な問題が多く潜んでいる。

農協が弱小農家の作物を少量引き取ってくれないから、こういう施設が必要なのだ、というが、それなら農協とは一体何なのか、ということには全く切り込んでいない。農協体制が国内農業の振興に全くといっていいくらい無能であった事への批判はないのか。

緊急避難的に今回のような事業者が対応するのは悪いことではない。しかし、何故「市街化調整区域」での立地なのか。旧群馬町は地図を見るとわかるが、郊外型店舗の立地ラッシュと言ってもいい。車社会の群馬県の典型のような場所である。旧群馬町の行政のご都合主義のなれの果てではないか、という疑念も湧いてくるが、そこは番組では一切触れられていなかった。

旧高崎市は、1968年の都市計画法施行以来、市街化調整区域での虫食い的開発が継続して行われた。これは私が大学院の時に検証した。そして行政が「住宅団地」をいくつも作ってしまうくらいである。
そうしたことへの反省から、1990年代に作成された都市マスタープラン(これも作成に私は関わった)ではコンパクトな市街化を目標に、中心市街地の役割の再評価と郊外での開発抑制が基調となった。そのことも経済成長と乱開発、市街地の無節操な拡大への反省から当然の流れであった。

ところが、今度は平成の市町村合併である。
高崎市は合併の結果、多くの郊外、中山間地、山林を抱えることになった。市内を流れる烏川(からすがわ)から水道水を取水しているが、その水源である長野県境にある鼻曲山まで市内になってしまったくらいである。烏川は国管理の一級河川だが、下流の利根川合流点付近の一部を除いてほぼ高崎市内を流れる「市内河川」なのである。

こうなると当然都市マスタープランのつくり直しが必要だが、これは現在進行中なのかな?
そして今回の施設も、番組によると地産地消施設ということで延床面積300平米までなら認める方向らしいが、その場合、建物を縮小せよ、ということらしい。早い話が今の建物は取り壊して作り直せ、ということのようだ。

しかし、それはあまりに杓子定規だろう。こういうことをしているから「コンプライアンス不況」が起きるのである。ここは例外として、建設行政お得意の「既存不適格」として、取り壊しないし建替え時期までは1000平米の施設のうち300平米を物販コーナーにするのが現実的だろう。

ドライブインでの物販面積は50平米などという根拠法令の明確でない一自治体の独自の運用基準に理はない。これは行政の暴走である。通達行政、要綱行政の残滓がここには見られる。こういうものは日本社会の公平性、透明性の確保のためには叩きつぶさなくてはならない。

いや、現行の都市計画法そのものが1968年施行、92年大規模改正(その後微細な修正は数知れず)が時代に合わなくなっている。市街化区域・市街化調整区域の線引きによる土地利用純化(市街地と非市街地を区分する)と地域地区による用途純化(用途地域規制を手段に住宅地、工業地、商業地を原則として分離する)は、歴史的に見れば、その根源は18世紀末からの英国の産業革命による都市の混乱への対応策にあるといってもよい。著しい過去の遺物なのである。都市計画法に大規模小売店舗の立地規制を委ねたのも失敗と言っていいだろう。

道州制が最良の解答であるかどうかは別として、それも含めた地方自治のあり方の根本的な見直しと、都市行政、農政の抜本的な見直しが必要な時期に来ていることは間違いない。

それから、高崎市の職員の人達よ、「前任者がいないので詳しいことは分からない」というのはやめようよな。これは番組でも批判されていたが、当然である。ことは高崎市に限らない。こういうことの積み重ねが社会保険庁で起きると5000万件の不明記録になるのだ。

最後に、今回のケースをいささか茶化し気味だがわかりやすく説明してみよう。
爺さん婆さんが軽トラックで少量の野菜を郊外の直売所に持ち込んで収入を得ようとし、これまた爺さん婆さんの一般消費者が3ナンバーの乗用車でその直売所に殺到して安い野菜を購入しようとしている、というのが実態なのだ。それに地産地消というお墨付きを与えて絶対化し、悪法と化しつつある都市計画法ではあるが、それを遵守しなくてもいい、と免許事業者であるテレビ局が堂々と主張しているのだ。

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2008年4月 2日 (水曜日)

北京オリンピック開催地急遽変更決定

というような北京オリンピックをネタにしたエイプリルフールジョークは、きっと世界中のブログに溢れているに違いないな(笑)。もう日本では2日になってしまったが。

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2008年4月 1日 (火曜日)

新年度の始まり

池田信夫blogの本日のエントリーが「秀逸」です。これに比べたら、まだまだ小生の知的レベルは未熟だな(笑)。

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