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2007年12月26日 (水曜日)

教育を語る資格のない面々

<教育再生会議>第3次報告、脱「安倍カラー」鮮明に

最近になって、安倍前総理の退陣の真相なんて情報がテレビや雑誌で飛び交っているが、年末ならではのお目出度さか。教育再生会議はいわば「安倍政権の捨て子」だな。

しかし、政権が変わったらこの体たらくというのは、政府も教育再生会議の委員も、本当に子供や日本の教育の将来を真剣に考えていないことの証だろう。特に教育再生会議に関しては、目立ちたがり屋が跋扈したとしか言うしかない。

本当に教育のことを真剣に考えているのなら、選択肢は2つしかなかったと思う。
1つは安倍政権終焉とともに潔く解散すること。未練たらたら、教育問題に真剣でない暫定内閣の下で議論を続けるのは税金の無駄遣いである。その潔さは子供の教育に多少は貢献するだろう。ネガティブな選択肢ではある。

もう1つは、信念があるならの話しだが、政権の方ばかり向いていないで、こうすべきだという再生の方向を国民に提示し、幅広い共感を得るように議論を継続するのである。委員の人達は、多少仕事を削って手弁当やってもそれくらいの経済的余裕はあるだろうし、もしもそうなれば良識ある法人や個人の経済的支援も自ずと集まろうというものである。

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コメント

OECDの事務総長が先の国際試験の結果(フィンランドが1位)から、結果を覚えさせて過程を考えさせない日本の教育をしてこれからの時代に対応できないと論破したそうです。
彼の真意は定かではありませんが、少なくとも製造業においては、途中の”なぜ”が結果を伴ってきたのであり、一概に日本の教育が悪いとも思えないのですが。

投稿: outlaw | 2007年12月26日 (水曜日) 15時44分

>>outlawさん

そのOECDの事務総長は実態わかっていないのでしょうね(笑)。誰か、未だに受験戦争・詰め込み教育などを批判する化石頭の左翼教師組合あたりが間違った情報を吹き込んだのかもしれません。

製造業で言えば、現場の教育の果たした役割もあるでしょうし、それについて行けるだけの基礎知識や忍耐力といったものもかつての日本の教育は教えていたはずです。

短絡的かもしれませんが、ゆとり教育から大学院定員増加まで、文部科学省の失策のツケでしょう。

投稿: フロレスタン | 2007年12月26日 (水曜日) 17時36分

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