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2007年7月 5日 (木曜日)

命の「重さ」

私の好きな迷台詞に丹波哲郎氏の「魂の重さは35g」というのがある。時々物真似するのだが(笑)。

人の命は地球よりも重いといってテロリストに屈した総理大臣がいました(郷土の、そして学校の大先輩でもある)。あれは終わっていない。北朝鮮による拉致問題が解決しない限り、あのチョンボは責められ続ける必要がある。

そして、アフリカあたりの飢えた子供達を救おうということで、人の命に軽重はない、という人も多くいます。罪のない飢えた子供達を救うことに私は何の異論もありませんし、時々Unicefあたりに寄付をしたりもします。それくらいしかできないから。

しかし、この国ではどうも戦争犠牲者の中でも、原発の被害者の命だけは特別だ、というような特殊なイデオロギーがあるようだ。そういうのが防衛大臣の首をすげ替えた。何故かそういうイデオロギーの持ち主は、核兵器を開発している北朝鮮には優しいようだ。

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