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2007年6月10日 (日曜日)

河越夜戦

今日の大河ドラマ「風林火山」は実家近くの高崎市の地名にゆかりの武将が2人登場。
箕輪城主の長野業正(小市漫太郎)と倉賀野城主の倉賀野直行(大門正明)。どちらも関東管領上杉憲政の家臣。その山内上杉氏の本拠はお隣藤岡市にあった平井城である。平井という地名も藤岡市に現在もある。
箕輪城は後の1590年に井伊直政が入城しているが、直政は1598年に高崎城をつくって本拠地を移した。

倉賀野も長野も高崎市の小学校名である。長野小学校というのは全国にたくさんあると思うが、長野業正の領地は上野国群馬郡長野郷あたりである。長野小学校の卒業生は長野郷中学校に進学する。以前のエントリーにも記載したと思うが、倉賀野城趾のすぐ近くにある倉賀野神社は私の本名の「供給元」である。

という個人的な事情はともかく(^_^;)。
1988年の大河ドラマ「武田信玄」では滝田裕介が演じ、今回は市川左團次である。これだと河越夜戦当時でも高齢の武将ということになり、私も実はそういうイメージだった。

滝田裕介は1930年生まれなので演じた当時は57、8歳ということになる。主役だった中井貴一は1961年生まれだから当時26、7歳。そして今川義元役の中村勘九郎(当時)は1955年生まれだから中井よりも6つ年長。

市川左團次は1940年生まれで66歳。市川亀治郎は1975年生まれで31歳。今川義元役の谷原章介1972年生まれで34歳(3人とも誕生日前)。

どちらのドラマも本物の武田晴信と今川義元と演じる俳優の年齢差に大きな問題はない。対して上杉憲政は父親くらいの年齢である。

しかるに実際は、というと今川義元1519年生まれ、武田晴信1521年生まれ、上杉憲政1523年生まれである(笑)。これは一体どうしたことか。河越夜戦は1546年だから、数え年でいっても今川義元28歳、武田晴信26歳、上杉憲政24歳ということになる。

名門にあぐらをかき、世の中の流れを読めず、戦闘能力や統治能力に欠けて没落してしまうと、「落ちぶれたボケ老人」みたいなイメージを後世に残してしまうものなのだろうか。

上杉憲政は後に7歳年下の長尾景虎を頼り、最終的には彼を養子にして(上杉政虎)関東管領の座を譲る。上杉家は後に会津・米沢と転封になるが、倉賀野氏の名前は米沢藩の記録にも出てくるようである。

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コメント

> 管理人様

こういう年齢のギャップというのは、歴史を扱う大河ドラマにはつきものですが、しかし、この上杉憲政の一件は酷かったですね。イメージは史実を覆すのでしょう。

拙僧の場合、印象にあるのは、『新撰組』ですね。近藤勇がすっかりおじさんだったというイメージだったため、最近の香取慎吾主演というのは、嫌だと思っていたところ、年齢的にはあの辺の年頃の俳優を使うべきでした。さすがは、三谷先生でございます。

投稿: tenjin95 | 2007年6月11日 (月曜日) 05時30分

>>tenjin95さん

確かにおっしゃるとおり。近藤勇は享年35ですからねえ。
もっとも「新撰組」は香取慎吾の演技が嫌いなので、最初の数回以外見ませんでしたが。

2chあたりでも話題になってましたが、今回の風林火山、進言の父武田信虎を仲代達矢が演じたのも、年食い過ぎだろうと。

信虎は1494年生まれ、勘助は生年不詳のようですが、1493年生まれとする説があり信虎と同年代と見て大きな間違いはないと思われます。

仲代達也1932年生まれ、内野聖陽1968年生まれw。

投稿: フロレスタン | 2007年6月11日 (月曜日) 11時16分

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