« 数学の美しさ | トップページ | めずらしいな »

2006年5月26日 (金曜日)

ダブルスタンダードに呆れしつこさに辟易

ここのところ、気のせいか、排日(毎日)新聞にお得意の反日記事が目立つように思える。もしかすると、ポスト小泉で安部晋三氏が一番人気、ということで、北京あたりからの工作指令が出ているのかもしれない。いや、確証はないけれど、そうである可能性は低くないのではないかな。

今朝の記者の目。ほとんど香ばしい電波なのだが、今朝もご多分に漏れない。科学環境部の記者だが、よくこんなこと書くな、である。科学とはほど遠い非論理性丸出しである。

731部隊、決して世界は忘れない

そもそも見出しからして大袈裟だ。今、BC兵器で危ないのは日本ではないのに。見出しは、えてして主観的になりやすいので、読むときには気をつけなければならない。

企画「戦後60年の原点」で、旧陸軍の生物戦部隊「731部隊」の周辺を取材した。

取材源が偏っていないか?写真に出ているのは「中帰連」の碑である。リンク先の「はてな」の解説にもあるように、洗脳されたという批判があり、その証言の信頼性について疑いがある団体である。

ドイツと比べてみたい。ニュルンベルク裁判(米国第1法廷)は人体実験などに関与した医師ら被告23人のうち7人を死刑、5人を終身刑とした。…中略…一方、東京裁判ではソ連に対抗して生物兵器の実験成果を独占したい米国との密約で一切不問にされた。

またぞろ、「お得意の」ドイツとの比較である。「いい加減にしろよ」その1(笑)である。ナチスがユダヤ人に対して行った行為と同列に比較するのは適切なのか。これは意図があってのことだろう。例えばこういうブログ記事(ナチスと731部隊)があるので参照されたい。

そして、この記事に対する当ブログの批判の核心の1つであるダブルスタンダード批判である。「いい加減にしろよ」その2である。
反日・自虐史観に立つ人たち(山田大輔記者を含む)は、日本は東京裁判を受諾したのだから(何度でも書くが、これは誤訳に基づく間違いであり、判決結果を受け入れたに過ぎない)批判は許されない、といいながら、このように自分たちの都合で、その東京裁判を兵器で、もとい、平気で批判する。何という厚顔であろうか。

731部隊については、非人道的な行為があったとすれば、それは確かに批判されるべきであろう。しかし、証言の信憑性の問題などから論争があることも事実である。だとすれば、一方的に悪者にして批判するのはどんなものだろうか。毎日新聞をはじめとするマスゴミは日頃から冤罪を批判していたのではなかったのかな。

しかし、国内で波風が立たなくても、決して風化はしない。中国で生物戦被害を調査する米カリフォルニア大のフランツブラウ教授(皮膚科学)は「731の問題から目をそらすことは、日本の医師が自ら品位をおとしめることだ」と唱え、この10月、世界医師会の場で日本の医療界に釈明を求めるという。北京で8月開かれる国際生命倫理学会も、特別テーマとして731部隊を扱う予定だ。

アメリカの大学教授の名前を出せば、100%の信憑性なのかな?「いい加減にしろよ」その3である。このフランツブラウ教授の思想的背景などがわからない。そもそもドイツ系の名前だよ、この人。いかにも何かありそうだ。中共が工作している可能性もある。こういうので読者を煙に巻くのも問題のある報道手法である。こんなこと言われて、ほとんどが戦後生まれのはずの日本の医師たちもびっくりだろう。自分たちに何の責任があるのか、と。

国際生命倫理学会の特別テーマというのも、ミスリーディングな表現である。普通の人の感覚で読めば、重大な問題だから特別に取り上げるのだ、と受け止めてしまう。しかし、学会で特別テーマ扱いと言うことは、実は重要ではないのではなかろうか。本当に重要なテーマならば、こういう「傍系扱い」ではなくメインセッションで取り上げられるはずである。

調べてみた。The 8th World Congress of Bioethics Aug 6-9, 2006 Beijing, China
Major Sessionsには12のテーマがあり、その4番目に731部隊の人体実験からの倫理的教訓というのがあるではないか!つまり特別テーマではなく、いろいろとある生命倫理学のテーマのなかの1つとして扱われる、ということだ。内容は発表前だから不明だが、はたして山田記者や反日勢力が期待しているようなものなのかどうか。しかも、もしも731部隊の実態に関する異論について言及しない発表であるとすれば、学術的な価値はあまり高くないだろう。それこそ「倫理」に反するというものだ。

「生体解剖した事実を多くの関係者は本当に忘れている。信じられないかもしれないが、当時はあまりに日常的で印象に残っていないのです」と湯浅さんは語った。

この部分、ひっかかる。いくら日常的だったからといって、生体解剖したということが印象に残っていない、というのはそれこそ信じられない。実はなかったのではないか、と反論されたらどうするというのだろうか。通常の解剖行為を、それこそ中共の洗脳で生体解剖と思いこまされている可能性はないと言えるだろうか。

篠塚さんら約1100人の日本兵らは戦後、中国の撫順、太原の戦犯管理所に入れられた。職員からつばを吐かれることさえなかったという。代わりに、解剖された人の家族の手記を読むなどして「罪を知る」よう、繰り返し求められた。

わわわ、「繰り返し求められた」とは、やはり洗脳ではないか。「解剖された人の家族の手記」とやらが中共の捏造だったらどうするんだ!

大多数は免訴され、64年までに帰国した。帰国後、「中国帰還者連絡会」を組織し、戦争中の行為を語る活動を始めた(会員の高齢化で会は02年解散)が、話をするたびに「共産中国に洗脳された」と言われるという。中国側に政治的意図があったかもしれない。だが、日中両国の「敵」の扱い方を比べた時、どちらがより人間的だろうか。

やはりな。当然だろう。「中国側に政治的意図があったかもしれない」だと?何を脳天気な。政治的意図がなければ、捕虜をそんなに「大切」にするわけがないだろう。戦時中、日本人駐在員やその家族を虐殺したり、国際法違反の便衣兵を平気で使うような連中だぜ。

チベットや東トルキスタンでの人民解放軍という名のシナ国軍の行為を見よ。彼らは役に立たないと思えば、平気で虐殺する。日本人捕虜が大切にされたのは、彼らの優しさからではなく、役に立つと判断されたからである。実際、こうやって戦後60年経っても「役に立って」いる。

日本軍の残虐行為というのもかなり眉唾である(日本軍の残虐行為と言われているものの多くが、日本人の価値観や行動規範、伝統などから考えられないものであり、逆にシナでは伝統的に行われてきた行為である、とはよく指摘されるところである)。

いったいいつまで我々は贖罪をしなければならないのか。「いい加減にしろよ」その4である。しかも、それを同胞である日本人の新聞記者たちから、まるでストーカーのように、これでもか、これでもか、と強要される。いい加減にして欲しいものだ。どこかの国のマネをして、毎日新聞の社旗でも燃やしてやろうか(笑)。ばかばかしくて本当にやってはいられないけどね。

日本の医学界の体質や構造に問題がないとは言わない。しかし、戦後、日本の医学界は様々な面で国際貢献をしている。それによって救われた命も少なくない。そしてこれからも同様である。世界中のサイレントマジョリティがそのことを支持しているだろう。山田大輔、おまえは一体何が不満なのだ?

|

« 数学の美しさ | トップページ | めずらしいな »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34842/10248171

この記事へのトラックバック一覧です: ダブルスタンダードに呆れしつこさに辟易:

« 数学の美しさ | トップページ | めずらしいな »