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2006年2月22日 (水曜日)

聞いていて情けなくそして悲しくなった中継

ほぼ1日前に行われたオリンピック・ジャンプ団体。
結果は予想どおり6位入賞とまずまず。オーストリア、ノルウェー、フィンランドの三強がこれまた予想通り(順位の若干の違いはあるが)表彰台で、ドイツがこれに続く。日本はうまくするとこれについで5位になれたかもしれないが、1.3点差でポーランドに後れを取った。後続のスイス、ロシアとも点差が少なく、7位、8位の可能性もあった。

30台のベテラン、葛西と岡部の2回目の130mジャンプで辛うじてスイス、ロシアを振り切ったわけだが、まあこれは致し方あるまい。なんでも北海道経済の低迷で、20台の中堅選手がほとんど育っていないのだそうだ。拓銀の破綻と雪印の不祥事が影響大きいそうである。その割に雪印の選手多いけどね。岡部なんか拓銀から雪印に移籍だもんね。

でも、こうした企業単位の強化策が、代表強化のために招聘した外国人コーチとの間に溝を作っているという報道もある。とにもかくにも若手を強化しないと話にならないだろう。ラージヒル個人金のモルゲンシュテルンは19歳だ。オーストリアではかつて同じように若くして世界のトップで活躍したアンドレアス・ゴルトベルガーという選手もいた。

ジャンプ競技というのは、ルールの改正も含めて随分と変化が大きい(「続き」で解説します)。日本がこれに対応できたのはどうも長野五輪くらいまでだ。最近は追い風でも競技をするので、日本選手は対応できていない。アプローチの滑りとこれに続く踏み切りで勝負はほぼ決まるが、ここもきちんと対応できていないようである。課題は山積している。

さて、何が情けなく悲しくなったかというと、中継のアナウンサーである。
日本選手が飛ぶと、「来た、来た」と大声で叫び、そして「K点手前です。121m。まずまずのジャンプ。」で、外国人選手が飛ぶと「うーん、どうか、思ったほど伸びない、K点手前に落下。124m。」
聞いていると、日本選手の方ができがいいようなのだ(笑)。でも点数は当然外国人選手の方が上。

外国チームには、120mも飛べない失敗ジャンプもあるのだが、大きなジャンプもあるので、失敗もない代わりに大きなジャンプもない日本チームと結果的に点差はそれほどない。ロシアやスイスはまさにそれ。ところがアナウンサーは、その外国選手の失敗ジャンプを針小棒大に取り上げ、日本選手は「大きな失敗がない」ことばかり強調する。

優勝したオーストリアチームのコッホという選手などは自ら「自分がチームの弱点」と言っているが、どうしてどうして、2回目は128m飛んでいた。日本選手の合計8回のジャンプの内、これを上回ったのは2回しかないのだ。ところがアナウンサーは、コッホが劣るという点ばかり強調していた。

いくら何でもこれは客観的な報道とは言えないだろう。普通なら怒りを覚えるのだが、何故か昨日は怒る気力も起きず、こんな中継しかできないアナウンサーに対して、同情を禁じ得ず、そして悲しくなったのであった。

第二次世界大戦前のジャンプ競技は、空中で両手をぐるぐると回していた。ジャンプのテレビ中継などを見ていると、時々古いフィルムを放映することがある。これで飛距離を伸ばそうとしていたらしいが、実際には逆効果だったようだ。

札幌五輪の時は、アプローチの滑りで、選手は手を体の前に出していた。今では皆後ろに伸ばしている。この変化は1980年代までに完了した。踏み切り動作が重視されて、後ろ手の方が動きのロスが少ないためだろう。ジャンプスーツも、一体型で空気をため込むようなものに変わっていった。

現在はスキーの前を開くV字ジャンプが当たり前だが、1990年代初め頃までは、これは減点対象だった。スウェーデンの何とかいう選手(調べりゃすぐにわかるけど^_^;)が、飛型点の減点覚悟で遠くに飛ぶために採用したのが始まりらしい。浮力が大きくなって飛距離が伸びるため、合理的なフォームといえる。V字が減点対象だった頃、スキー板を揃えつつ斜めにする、というのが流行ったことがあるが、これも浮力を増すための手段であったと言われている。

日本はV字ジャンプを世界に先駆けていち早く採り入れて対応したため、長野では好成績を収められた。特に複合競技においては1990年代に日本が世界をリードできた大きな要因であった。

着地の際のテレマーク姿勢という、両手を開いて膝を曲げて足を前後に開く姿勢も、かつては短足の日本人が得意で、足が長くて腰高の外国人選手は苦手としていた。テレマーク姿勢の有無で飛型審判1人につき1.5点くらいの差が出るため、空中姿勢の美しさも含めると合計では6点ほどの優位性が日本選手にはあった。飛距離にすれば4〜5mくらい少なくても、飛型点でカバーできたのである。しかし、近年は外国人選手の方がテレマークが上手いくらいで、飛型点での日本人選手の優位性など昔話になってしまった。

長野で日本が好成績を収めると、日本叩きのためにスキー板の長さに関するルールが改正され、岡部孝信などは身長が低いために履けるスキー板の長さが身近なくなり、浮力が少なくなって長く低迷した。また今回の五輪で原田が失格したのもこのスキー板に関するルールのためであることは、広く知られるようになった。原田という男はこけても何か仕事をする奴である(笑)。

K点について。
札幌五輪の頃(その後もしばらく)は、現在のノーマルヒル(NH)は70m級、ラージヒル(LH)は90m級と言った。札幌では70m級が宮ノ森、90m級が大倉山の各シャンツェで実施され、宮ノ森では日本が表彰台を独占した。

この頃のジャンプ台のK点とは、これ以上飛ぶと危険という意味のKritisch Punktのことだった。
大倉山の場合、90m地点がP点(標準点)といい、100m地点がTP点(テーブルポイント、飛距離点の基準点)で110mがK点だった。その後の改修でK点は120mに伸びた。

これに対して、現在のK点はジャンプ台の建築基準点ということでKonstruktion Punktのことである。採点上の基準でもあるので、かつてのTP点のような存在であり、ヒルサイズ(HS)がかつてのK点に相当する。

以前はTP点を飛ぶと飛距離点が60点だったが、現在はK点で60点である。大倉山の場合、かつては100mジャンパーというのが一流ジャンパーの代名詞だったが、これはこのような理由による。そしてTP点とK点の距離が近いため、飛距離点は出てもせいぜい70点くらい、飛型点は60点満点でよくて59点くらいなので、1回の点数で125点、2回合計で250点も取れば優勝できていた。かつての大倉山では108mくらいのジャンプを2回そろえれば優勝できたのだ。111mなんてのはビックリするような大ジャンプだったという訳。

ところが最近の競技ではK点とHSの差が大きく、大ジャンプをすると飛距離点が80点以上出ることも珍しくなく、優勝するには2回合計で280点近く取らないとダメである。250点ではせいぜい銅メダルがいいところ。

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コメント

フロレスタンさん

>日本選手が飛ぶと、「来た、来た」と大声で叫び

私はトリノのジャンプはほとんど観ていません。実況がうるさいから。

NHKでも西田善夫アナウンサーは本当に上手かったのだなあ、とつくづく思う今日この頃であります。

それはそうと、ジャンプ競技のテレビカメラアングル、迫力はあるにしても全容が見えません。
真正面50mくらいの高さで、引いたままの絵があればいいなあと思うのですが。

投稿: Joe | 2006年2月22日 (水曜日) 14時59分

>>Joeさん

同様の観点で民放のスポーツ中継は嫌いですね。

NHKの西田アナは評価が高いようですが、実は私はあまり好きではありませんでした。確かに上手いのかもしれませんが、その上手さが逆に耳触りというのでしょうか。芸能畑の宮田輝アナあたりと同類の臭いを私は感じました。

NHKのスポーツアナで私が好きだったのは相撲のスペシャリスト北出清五郎さんです。

ジャンプではやはりスタートの旗ふるコーチのいる場所がベストなんでしょうね。さもなきゃ自分自身が飛ぶ(笑)。

投稿: フロレスタン | 2006年2月23日 (木曜日) 02時13分

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