« 何やら楽日ないし落日の気配だな | トップページ | 誕生日でやんす »

2006年1月11日 (水曜日)

お江戸日本橋続編

今朝の毎日新聞の社説の1つがこれだ。

社説:日本橋首都高移設 まちづくりの転機にしよう

一読するといいこと書いているように見える。
しかし、二、三回読み返してみたのだが、どうも違和感が残る。どうも俺は「重症のマスゴミ不信」らしい(笑)。

 首都高速道路は東京五輪に向けて建設が始まったが、短期間に完成させなければならないことや、コストを抑えるため、日本橋のように川の上に架橋したり、多層構造が多用された。また、高度成長の当時は円滑な自動車交通を確保することが何にも増して重要視されたこともあり、大きな批判は起きなかった。都市の美しさや景観に重きを置く思想がまだ希薄だったという時代背景もあった。
これは時代背景を考えるとやむを得ない、という主張である。だとすると大東亜戦争にもそういう面があったわけで、こういうのは一種のダブルスタンダードである。これが違和感の1つだ。それから、これではまるで日本人が都市の美しさや景観にずうっと無頓着で有り続け、最近になってようやく目覚めた、という風に読める。

だがそれは違う。幕末に日本にやってきた欧米列強はその街並みの美しさに強い印象を受けた。近代日本の都市政策・都市計画に大きな影響を与えたEbenezer HowardのTomorrow(1899、邦訳は「明日の田園都市」)は、実は日本の街並みや田園の美しさが根本にある。
戦後民主主義と高度成長がそういうものを破壊してしまったことは確かだろう。しかし戦後の日本の道路政策や交通計画は主としてアメリカを手本としており、アメリカ型の合理主義的な交通計画がもてはやされた時代であった。「都市の美しさや景観に重きを置く思想がまだ希薄だったという時代背景」というのは、過去を今日的視点で評価するというやってはならないものの見方ではないだろうか。当時は都市内の高架高速道路こそが、近代化や経済復興を象徴する「美しい景観」であったに違いないのだ(もちろん、伝統的な日本の美を守る観点から反対した人もいただろうが=時間があれば当時の新聞報道を調べてみたいところである)。また日本橋川の汚染という問題もあり、高架橋を架けることに抵抗が少なかったということもできる。

いずれにしても、上記の社説の一文のように単純に割り切ってしまうのではなく、もっと複眼的な思考を望みたいところである。

 ただ、これが日本橋の首都高移設で終わったのでは、小泉政権のこれまでの中途半端な構造改革と同じになってしまう。
まったく、どさくさ紛れによく書くよ。こういう陰険な政治批判は止めたらどうかね。
 では、どうすればいいのか。

 大都市のど真ん中を多層の高速道路が走るという都市政策不在を象徴したようなまちづくりを転換する第一歩にするのである。折から、首都高速のみならず、高度成長期に建設された都市インフラは、次々に改修期を迎えている。

 無駄なもの、役割の終わったものは撤去すればいい。必要なものは道路では地下化や緑地帯を十分取った構造に作り替えるなど、都市の美しさを回復する手立てを取っていけばいい。

ははは。簡単に書いてくれるよな。もちろん主旨には賛成である。

しかし、無駄なものや役割の終わったものを誰が判断するのか。その識別だけでも猛烈なエネルギーが必要である。郵政民営化で総選挙が行われるくらいだからね。

撤去するのにも莫大な金がかかるんだぞ。まさか壊してなくすから金はかからないとでも思ってはいないだろうな。

首都高の総延長は現在約248km。これは神奈川、埼玉、千葉の分も含むが、さらに中央環状線や横浜環状北線などの新規計画がある。すでに首都圏のインフラの一部となってしまった現在無駄なものはないと言っていいだろう。案外新聞社の取材活動が困るのではないかな(笑)。それでも乱暴だが仮に200kmくらいを残して地下化するとする。

事業費の参考データとしてはこれでいいだろう。現在建設中の中央環状新宿線の総延長が約11kmで、事業費が約10243億円(上部の山手通りのW22m→40mへの拡幅を含む)、1kmあたり約1000億円である。仮に都心環状線14.8kmだけでも中央環状新宿線以上の事業費になる。地価、移転補償費などを考えれば2倍以上になってもおかしくない。

費用は誰が負担する?新聞社がスポンサーでも集めてくれるかね?
せいぜい料金が高騰するか、新たな目的税でも登場するか(どうせ受益者負担名目でドライバーがねらい打ちされ、かつ新たな利権になるだろう)さもなきゃハゲタカファンドウェルカムかなあ。そしてマスゴミはそれを高所から批判できるわけだ、いいご身分だね。

だからといって、首都高に面した敷地を対象とした容積率の移転や空中権などを持ち出したら、それこそ虫食いの高層化で見るも無惨な景観が出現する恐れがある。それを防ぐために「首都高沿道立体区画整理」(仮称)のような新たな事業の枠組みでも作るかな。権利関係の調整が無茶苦茶に大変だぞ。それこそ大地震でもきたらいいタイミングかもしれないが(本気でそう考えている専門家は実は少なくないと思うね)。

日本橋は徳川政権が全国の大名に費用負担させて建設したので、その名がついた。これに習って、地方に移譲すべき財源を流用するかな(笑)?きっと紛糾するぞ。

 高層化も都心部のビジネス街のみならず、虫食い的に進めることは慎むべきだ。そのためには、ゾーニング(線引き)を厳密にし、秩序ある街並みが保てるようにすべきだ。規制緩和と同時に、規制再編も必要だ。
あの、今でも日本の都市計画のゾーニングは厳密なんですけど....
恐らく、これはもっときめ細かな規制をせよ、と言いたいのだろうな。だがね、そうなら安直に「規制緩和と同時に規制再編」などと曖昧な言い方をするなよ。規制強化しなけりゃ秩序ある街並みなんて保てないよ。
 幸い、04年12月に施行された景観法はまちづくりや歴史的遺産の保存などに幅広く使うことができる。日本橋はそれにぴったりである。同時に、日本橋川の水辺が回復できれば自然再生にもなる。
大半が(雨水管と汚水管が共用になっている)合流式の区部の下水道の更新も必要だな。
 先進国では膨張する都市の時代は終わり、コンパクトシティーに軸足は向いている。日本でも、都市再生や都市再開発に景観法を積極的に活用し、人口減少化時代の都市像を探っていく時だ。日本橋は始めであって、終わりではない。
まあ、概ねそのとおりなんだけれど、やはり大都市、首都高という条件があって日本橋は特殊ケースである。シンボルとして扱うのには適しているけれど、これが人口減少時代の都市像の始めといわれると、一般解としてそれは本当ですか、と聞き返したくなる。賢い地方の方が問題意識は先行しているよ。やはり竹橋にドンと居を構えた高所からの見方だよなあ。

それと「人口減少化時代」ってのは言葉として違和感あるね。人口減少時代でいいのではないかな。少子高齢化の「化」の字がくっついちゃっているよ。

結局のところ、現場を見ないで、技術的、制度的、経済的な各論を省いて、いつものように高所から能書きたれているから違和感があるのだな、と思った次第。

ちなみに、首都高速道路株式会社(旧首都高速道路公団)の現時点での見解はこうである。

景観を損なうと批判されている日本橋の首都高について、どのような対応を考えているのか。

また、検索したらこんなサイトもあった。
日本橋川の橋梁群

|

« 何やら楽日ないし落日の気配だな | トップページ | 誕生日でやんす »

コメント

フロレスタンさん

すばらしい。(拍手)
実に読み応えがありました。
さすがに専門分野はギアの入り方もトルクも一味違いますね。

ソウルの清渓川(チョンゲチョン)の話が出てくるかなと思ったら案の定出ました。うーん、あれを引き合いに出されてもなあ、という感じです。似てはいるかもしれませんが、個々の条件はまるで違いますからね。

投稿: Joe | 2006年1月12日 (木曜日) 09時07分

>>Joeさん

コメントありがとうございます(^_^)。
首都高200km地下化するとしたら、少なくとも20兆円かかる、という文章を入れ忘れてましたね(^_^;)。

ソウルの事例に関しては、私は意図的に論評を避けました。

ソウルのインフラもおおもとは日本統治時代に整備されたわけですが、彼らの意識の中には、もちろん世界的な流れにのった都市整備ということはあったでしょうが、「日帝」の遺産を消去する、という発想も一方であるでしょう。どうしても政治絡みの話になってしまうので、そこまで踏み込みたくない、という気持ちですね。

そういう話を抜きにしても、韓国はソウル近郊のいわゆるニュータウン開発でも、日本では3、40年かかってやるような事業を数年で仕上げてしまうような国柄です。やはり単純比較はできません。

投稿: フロレスタン | 2006年1月12日 (木曜日) 09時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34842/8111956

この記事へのトラックバック一覧です: お江戸日本橋続編:

« 何やら楽日ないし落日の気配だな | トップページ | 誕生日でやんす »