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2005年12月22日 (木曜日)

国立市の対応っていつも後手で泥縄だなあ

左翼、自己中丸出しの上原公子(ひろこ)市長が、プロ市民とつるんでいる限り、こういうことの繰り返しなんだろうなあ。

いつぞやのエントリーで、国立市のマンション問題批判したけれど、ここの体質変わってない。
目の前に何か自分たちの気に入らない問題があると、対症療法的に動こうとする。
この市長さんやそのお仲間たちの好きそうな社会主義革命も、現実に合わないことが出るたびに修正して、最後はにっちもさっちも行かなくなって本家ソ連の崩壊に至った。病巣は根治せにゃだめだね。

毎日新聞の東京版の記事。

国立市:国立駅舎は解体不可避に 市議会、保存費再び認めず /東京

あのさあ、中央線の連続立体複々線化って、ずいぶん前に事業はわかっているわけで、昨日今日突然出てきた話ではないでしょ。そしてこの手の、いわばインフラ大改造をやれば、古い木造駅舎など黙っていればぶっとんでしまうのも分かりきったこと。例えば、新幹線開通で旧長野駅舎はどうなった?そこまで行かなくても、連続立体複々線化の身近なサンプルは小田急線にもある。

確かに、国立駅前の大学通りは素晴らしいし、その中であの三角形の駅舎が景観上のポイント、シンボルになっていることも確かである。こういう空間を育ててきた国立市民(市民運動やっている連中ばかりとは限らない)に対する尊敬の念も私は持ち合わせているつもりである。

先見の明のある市長や行政なら、こうなる事態を早くから予測し、都やJRとの協議の場を設ける一方、市民に対して状況を説明し、どうしたらよいのか広く意見を求めるべきだっただろう。

あの古くて狭い駅が必ずしも利用者に支持されているとも限るまい。古い建物ならなんでも保存、という莫迦の一つ覚えからも脱却する必要がある。正田邸の保存問題の時にも感じたことだが、どうも一部の運動家や建築家あたりが感情的になりすぎるきらいがある。何でも壊して新しくして機能的にせよ、などというつもりもないが、どうにもならないところまで追いつめられてから、保存のための保存であがくのだけは賛同できない。

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