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2005年10月10日 (月曜日)

本を出版するならもっと勉強してくれ

最近読んだある本の中に、「将棋で言えば定石」というような間違った表現があった。
賢明な読者の方ならおわかりだと思うが、将棋では石は使わないので、

囲碁 → 定石
将棋 → 定跡

が正しい。どちらも発音は「じょうせき」である。
囲碁の場合、劫の場合や取られた石を除いて、基本的に打った石はそのままの位置で盤面に残る。これに対して将棋は駒を常に移動させるから「跡」なのだ。

こういうのは仮に著者が間違っていたとしても、編集段階で食い止めねばならない間違いである。
つまり編集の人間にこの「将棋の定石」という間違いに気がついた者が1人もいなかったという悲惨な状態だった訳である。出版不況も活字離れもここまで来たか、という印象である。

似たような間違いに、囲碁を指す、将棋を打つ、というのがある。
正しくは言うまでもなく、囲碁を打つ、将棋を指す、である。

喩えの部分だとしても、こういう基本的な間違いをされると、その本全体の信憑性を疑いたくなる。
もちろん、こんなことを書いているのは、ブログでも同様の間違いをすると信頼性に関わるので、自戒の念を込めてであることは言うまでもない。

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コメント

>本全体の信憑性を疑いたくなる
誤植だらけの本を売ってしまったときに、こんなご批判を受けて、本当に反省したことがあります。
ブログでもふっと気が抜けた記事に変なミスがあったりして、あるいは議会の質問でもそうなのですが、そんな瞬間の品質管理みたいなものができる自分でありたいと、この記事を見て思わされました。

投稿: takeyan | 2005年10月11日 (火曜日) 02時50分

はじめまして。
いつもブログを拝見しております。

ご意見おっしゃる通りです。
盤上にある駒を進めるから、「指す」です。
盤外の駒台にある駒を盤上に置く場合は
将棋でも「打つ」です。
盤上にあるかどうかで「指す」か「打つ」かを
区分するんです。

意外とごっちゃに使われてますよね。
そういう方に限って、「最近の日本語云々・・」
おっしゃるから笑えます。

投稿: うだじむ@群馬 | 2005年10月11日 (火曜日) 21時45分

>>takeyanさん

似たような雑誌で新潮がありますね。こちらはこの手の記事で裁判起こされてずいぶん負けているようです。

今回の文春の記事でも、もしも事実無根なら野中さんが訴えるなりすればいいことですね。会社関係者にも取材しているようですので、どこまでそれが核心に迫っているかでしょう。単に会社に恨みを持っているようなところへの取材だとガセネタつかまされるでしょうが。

>>うだじむさん

こんにちは(^_^)。
まさに、人のふり見て我がふり直せ、ですね。

ところで、打つ、指ですが、囲碁の場合「打って返し」という手法があります。名人戦などの大規模なタイトル戦になると、一局を2日かけて戦いますが、初日の中断を囲碁では「打ち掛け」、将棋では「指し掛け」といいますね。

投稿: フロレスタン | 2005年10月11日 (火曜日) 23時22分

打って返しですか・・。
将棋はよく指すんですが、囲碁は打たないので、知りませんでした。
ありがとうございます。

投稿: うだじむ@群馬 | 2005年10月12日 (水曜日) 00時41分

>>うだじむさん

私、囲碁は久しくやっておらず、弱いのですが(^_^;)。
打って返しというのは、一度わざと自分の石を一つ取らせるような位置に打つのです。そうするとその直後に、もう一度その位置に自分の石を打つと、相手の石が大量に取れる、という(言葉で書くとわかりにくいのですが)手法です。詰め碁などでよく出てきますね。

投稿: フロレスタン | 2005年10月12日 (水曜日) 00時58分

はじめまして。
昨日、こちらの記事にトラックバックさせていただきました麻生暁美こと大川内麻里と申します。トラックバックをお返しいただき、ありがとうございます。

わたしは現在編集プロダクションを経営しておりますが、かつて出版社勤めをしていたころのこと。編集長たちが、本を読まなければ、書店にも足を運ばないのです、とにかく。

あまりにもものを知らなすぎて、わたしがたとえば企画を提出したとしても、まずその企画背景から子どもにかんでふくめるように教える^^;のですが、伝わらない……まさに惨状でした。

たとえ本を買って読まないとしても(この時点ですでに編集長としてあるまじきことなのですが)、たとえば書店に立ち寄って、興味のある分野の書棚を見るだけでも、まったく違うと思うのです。ちょっと立ち読みしてみる、一棚分のタイトルだけでも眺めてみる、平積みにされているものの表紙を眺めてみる……もう百歩も二百歩も譲っての話になりますが、編集長たるものがそんな姿勢では出版不況だなんだと憂う資格なんてないと思っておりました。

もちろん、こんなひどい出版社や編集部ばかりではないでしょうが、本をつくる現場がこうであっては、読者さまにお金を払っていただく資格などありませんね。

犠牲になるのは、読者の方々なのですから。

投稿: 麻生暁美(本名:大川内麻里) | 2005年10月29日 (土曜日) 07時43分

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<中高年、本離れ進む…読売世論調査>に、編集者として真っ向から反論。編集者だからといって活字離れを問題視しているかというと、わたしは違う。編集者だからこそ、活字離れがどうした?! なにがわるい?! と思う。その理由とは……?... [続きを読む]

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