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2005年5月19日 (木曜日)

「俗論を排す」という猪瀬直樹氏の勇み足

週刊文春連載の「ニュースの考古学」。特殊法人などの暗闇にメスを入れるなど、猪瀬氏の切れ味鋭い筆致が読み応えがある。独自の視点に唸らされたこともある。本日発売分の記事でも好調である。惜しむらくは最後を除いて。

「JR西日本の脱線事故では、効率を重視するあまり安全を無視した、と俗論が体勢を占めはじめた。とんでもない話だ」という書き出しで始まる。そして、「効率と安全は」対立する概念ではない。在庫が少なくよく整理整頓された工場では事故が少ない・・・」と続く。そのとおりである。大都市の他の鉄道会社もほぼ同様に効率は重視しているはずだが、こんな事故は起こっていない。東京で、朝の地下鉄丸ノ内線や銀座線のダイヤなどびっくりするくらい「過密」だ。でも、事故が起きたのは、それよりも運転間隔のあいている日比谷線だった。

そして、こうした運行ダイヤの組み方や運転士の技術などを、日本伝統の町工場の技術と同列に扱いながら、賞賛していく。まあ、今はダイヤ編成もコンピュータ化されちまっているけれど、スジ屋さんの伝統は生きている。

そしてこうした効率は、日本のビジネスが求めているのだから、容易には変えられないだろう、と喝破している。それもそのとおりなのだ。安全のためには、少しくらい遅れてもいい、などという人に限って、案外気が短いものだ。そういう私もこのブログでは、ゆとりがあってもいい、とは主張しているが、それは定時運行がきちんと確保されているという前提で、やむを得ないこともあるから、それは許容しようというスタンスである。

でもって、猪瀬氏がよろけたのは最後である。

問題は以下の記述。
「効率と安全を硬度に両立させる技術が日本の職人芸だったはずだ。本来なら職人の世界は技の習得によって自らなる序列が形成されている。23歳の運転士は、経験11ヶ月ならただの見習いではないか。新型ATSはつけた方がよいに決まっているが、なぜ通勤・通学時間帯にミスを繰り返していた未熟練の運転士を配置したのか。
事故の原因は効率を追求した結果でない。役所的な人事システムの上にあぐらをかいていたJR官僚に責任がある」

道路公団でも郵政でも、民営化論者の先鋒である氏が、民営化されたJRの職員を「JR官僚」と読んでいるのは、官僚的な組織であるJR西を皮肉ってのことだろうから、まあご愛敬だ。

まず、高見運転士を未熟と断定してよいのだろうか。熟練した運転士とは言えないだろうが、未熟に見えるような仕事ぶりは彼の固有の資質のみによるのだろうか。それはまだ解明されていないのではないか。

そして、何よりも30代の職員が異常に少ないというJR西の偏った職員の年齢構成を見れば、猪瀬氏の主張する技の熟練など望むべくもない人事構成であることが明白だ。つまり、機械的に人員を配置するような役所的な人事システムなのではなく、ああいう選択肢しか最初からもっていない会社であった、ということだ。誰がそういう会社にしてしまったのか、改めて問われるべきだろう。現社長の辞任が濃厚だが、その後は内部昇格が噂されている。これを許していいのかどうかが、今後の焦点の一つだろう。

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