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2005年5月26日 (木曜日)

狭き門・広がる未来

NHKの「にんげんドキュメント チューバ一吹きにかける」(再放送)を見た。
NHK交響楽団の38年ぶりのチューバ奏者の交替。多戸幾久三氏が60歳の定年を迎えるに際して、40人以上のオーディションに合格した池田幸弘氏のドキュメントである。

合格したとはいえ、その後は1年の試用期間。本採用はこの後全団員の65%以上の支持を投票で獲得しなくてはならないという厳しいものである。池田氏は大阪市の吹奏楽団、つまり公務員という立場を棄てて、N響に挑んだ。

ブラス出身ということで、オーケストラとは状況が全く異なる。ブラスであれば音の大きい管楽器だけだが、オケとなると音の小さい弦楽器が入ってくる。アンサンブルの質が違う。しかも、ブラスでは基本的に管楽器はB♭管だが、オケでは様々な調性の楽器を用いる。調性が異なると響きが全く異なるのである。
極端な話、イ長調(A-dur)の曲であれば、オケではクラリネットなどでA管を使うが、ブラスでは曲の方を半音上げて変ロ長調に編曲してB♭管を使う。結果、同じ曲でも違った曲に聞こえる(失礼な言い方だが、耳の鈍い人には同じに聞こえるかもしれない)。このことは、カラオケで歌う時に、調性を変えてみれば理解できるはずである。

指揮者からの距離が約15mと遠いチューバは、時間差があるために音をあわせるのが微妙である、というナレーション。しかもでかい楽器で音の波長も長いし、ちょっと出遅れただけでも、観客席に達するまでには、バイオリンなどとはかなりのずれが出てしまう。池田氏は当初、かなりとまどったのではないかと思う。

さて、オーディションから多戸氏の引退までは、二人三脚である。多戸氏は多くのことを池田氏に伝えようとし、池田氏は多戸氏からできるだけ多くを吸収しようとする。大河のように息を吹き込め、と。もちろん、経験の差は容易に乗り越えられるものではないが、池田氏は必死である。プロとしては異例の個人レッスンを多戸氏から受けた、と番組中でナレーションがあった。中学の時に多戸氏の演奏に接して、あこがれてプロになった、というのが緊張の連続の試用期間中の池田氏を支えていたのは間違いない。

40分近い演奏時間のうち、たった9小節しか出番のないアントニン・ドヴォジャーク作曲の交響曲第九番「新世界から」(この曲の副題は、英語表記でFrom the New Worldであり、正式には新世界より、または新世界から、まで日本語表記をするのが正しい)。音域の近いトロンボーンのパートの音を、チューバの出番がない時にもそっと出すように、という多戸氏の指示は、見ていてもはっとさせられる。そういうやり方があったのか、と。これはオーケストラにとけ込むようなチューバの息づかいをつかんでもらおうという多戸氏の「親心」なのだが、実際のリハーサル時には、呆然としてなにもできなかった池田氏の姿が映し出されていた。だが、その顔を見ていると、彼は頭の中で、必死にトロンボーンの音をイメージしようとしていたようだった。
(ちなみに、知る人ぞ知る、なのだが、この曲はシンバル奏者にとっては、チューバ奏者以上に下手をすると悪夢のような曲である)

チューバ2本を使うリヒャルト・シュトラウスの大曲。指揮者のウラディーミル・アシュケナージのテンポが突然ゆっくりになる。これじゃあできないよ、と毒づく多戸氏。指揮者も神様じゃないからね。でも、アマチュアでは考えられないシーンだ。もっともある時の私の経験(ファーストバイオリン)で、指揮者が糞な時には、コンマスと示し合わせて、指揮者を無視してコンマスの弓にあわせる、という「暴挙」に出たことはあるが(笑)。

弦楽器でも、いきなり遅くされると弓が足りなくなるから困るんだけれど、複数いるし1人1人の音は小さいので、ごまかせないことはない(プロはどうだか知らないが)。しかしチューバのように1人で吹いていて、しかも息の量が半端じゃない楽器だと、本当に「死ぬ」だろうな。あとオーボエあたりが死にそう。

見ていて感心したのは、並んで演奏している池田氏と多戸氏の口の動きがシンクロするようになっていた点だ。これは一歩多戸氏の領域に近づいたのと、オーケストラにとけ込んできている、ということなのだと思う。
それと顔つきがブラスの人からオケの人に変わっていってます、確実に。具体的には口の周りから頬にかけての筋肉がついたことだろうと想像する。ブラスよりもはるかにダイナミックレンジの大きいオケで、ppからff(チャイコフスキーのようにppppからffffまで書くような作曲家も中にはいるが)まで出して弦楽器とも調和しなくてはならないから、必然なのかもしれない。ちなみに多戸氏は、年齢や体質もあるかもしれないが(失礼)、ふっくらとした顔つきです。

結局池田氏は、N響史上2度目という満場一致の団員の支持により晴れて今月から正団員となった。
おめでたいことである。奥さんの嬉しそうな顔も印象的だったが、これからが本当の正念場である池田氏の決意もなかなか頼もしいと感じた。満場一致は、氏の努力に対する評価とともに、これからの伸びしろを大きく期待しての結果なのだろうと思う。

川口の荒川河川敷で練習している、というのもご近所なので親近感を覚える。N響というトップレベルのオケの新人奏者ということで、プレッシャーもあるだろうが、研鑽を重ねて心地よい響きを作り出してもらいたいものである。

N響は実は生で聞いたことがなく、最近オケ自体も生で聞かなくなってしまったが、是非機会を見つけて、NHKホールあたりに足を運んでみよう。

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コメント

はじめまして。
お隣の県で小学校教員をやっているものです。
スーパーTSさんに以前ご紹介頂き,
ご挨拶に参りました。

blobe(http://www.fsifee.u-gakugei.ac.jp/globe/)文科省指定校になり,環境学習のプログラムも推進しなくてはならない立場におります。

また,NPOがらみでは太田恵美子先生のGDVI(http://www7.ocn.ne.jp/~psy1soul/news.html)にも出前授業をして頂き,
私的に,僅少脳細胞改革もさせて頂きました(笑)
現在までの教育の「核心部分」(不易と呼ばれている部分)の温存もさながら,
動的に改革すべきところは,外科的手術も必要かと感じました。

あ,この音楽のカテゴリーにコメントしたのに,
深くもない教育へのコメントをしてしまい申し訳ありません。

実は,私もブラバンの出身で,笛吹です。
C管のフルート・ピッコロです(笑)
確かにB♭(ベー管)が主流。
チューニングもB♭のクラリネット。
Aではありませんでした。
中学校の頃はショスタコービッチに傾倒してました(笑)

チューバ吹き屋さんがんばって欲しいです。
そして,やはり生のオケの演奏から随分遠ざかっておりますので,
聴きに行きたいと思いました。

ちょっとした雑感にて,失礼します。

投稿: +Lhaca | 2005年7月17日 (日曜日) 15時29分

リンクURL,不備にてすみません。
globe:
http://www.fsifee.u-gakugei.ac.jp/globe/

GDVI
http://www7.ocn.ne.jp/~psy1soul/news.html

投稿: +Lhaca | 2005年7月17日 (日曜日) 15時33分

+Lhacaさん、こんにちは。
圧縮解凍しないで下さいね(^_^;)。

私は弦楽器弾きです。
そうそう、フルートはC管なんですよねえ。ブラスでは珍しいかな。でもオーボエもC管ですよね。兄弟分のイングリッシュホルンはEs管でしたっけ?

ショスタコはオケで交響曲の9番をやったことがあります。弦楽四重奏もなかなか弾いて楽しい。

私も最近生の音楽から遠ざかっています。
物静かに室内楽を聞くのもいいし、大編成のオケの曲をぱあっと聞くのもいいですね。

投稿: フロレスタン | 2005年7月18日 (月曜日) 21時59分

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