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2005年5月15日 (日曜日)

今朝の毎日新聞の玉と石

東京本社第11版。第5面のオピニオンのページには石が転がっている。
投書欄「みんなの広場」の埼玉県の51歳の教員氏。文化や伝統、国といったことに対し、大切にしたいだの、固定的なものはないだの、何を言いたいのかさっはりわからん。一体編集者は何を考えて採用したのか。

どうも、日本の文化や伝統を大切にしたい、といいつつ、文章化する時は慎重であるべきだ、などと書いていたり、何故か唐突にイスラム、ヒンズー、スワヒリの文化も尊重したいなどと書いていることから、「地球市民」であることを誇りたいようなのだ、という気がする。そこが毎日のサヨク的心情に訴えたのかもしれない。

というのは、同じページの「発言席」には、桃山学院大学名誉教授の徐龍達氏が、「アジア市民」社会を築こう、という文章を載せているからだ。いちいち論評するに値しない説だと思うが、とにかく「国家としての日本の主権」を、グローバル化や多文化共生という言葉にかぶせて骨抜きにしようと言う意図が透けているのだ。

おまけに投書欄では、福知山線の脱線事故に関して利益優先主義社会を問題視する投書や、犬、猫を大切にという投書など「市民臭」が満載だ。

なお、同じページの社説では、論説委員の北村龍行氏の署名入りで、住民基本台帳の原則公開をもう変えよう、と主張している。おお、今日は「龍様」が活躍しておるな。社説の主張は、もっともなことを書いているから、こちらは「玉」として評価しよう。

これに対して、第7面のコラム「酸いも辛いも」で、鉄道の民営化について論じた論説室の玉置和宏氏の文章は秀逸であると感じた次第。

日本よりも遅れて、上下分離で民営化した英国の国鉄の失敗に対比させて、日本の国鉄民営化は、それ自体が失敗なのではなく、旧国鉄の官僚主義が残ってしまったことが問題だ、と鋭く指摘している。

JR西などは特にその典型的なのだろう。加えて言えば、労働組合の存在も旧国鉄時代と変わっていないように思う。今回の脱線事故でもある時期から労組が記者会見に出てきて会社を批判していたが、実は労使協調路線と対会社強硬派の複数の労組が対立していて、これは旧国鉄の国労・動労と鉄労の関係がそのま持ち込まれたようなものだ。日勤教育なるものもこうした対立の構図の中で位置づけられているらしいことが、新聞ではあまり報じられないが、週刊誌や月刊誌などでは指摘されている。

そして、玉置氏の論評は、阪神淡路大震災後の構造物の補強について、JR東は、当初首都圏と仙台方面を対象にしていたのを、技術者の進言を受け入れて、新潟の地震空白地域も対象に加え、そのことが中越地震の時の新幹線脱線事故が大事に至らなかった原因の一つなのだ、と指摘している。記事を読んでいない人のために細くすると、このことは国会の衆院決算行政監視委員会での民主党の荒井聡議員の質問から明らかにされたこと、と述べているのである。そして上下分離で民営化しなかった日本は、手法が正しかった、と結論づけている。

こういうことは、なかなか我々市井の一般人が自ら知ることのできない情報であり、新聞ならではの機能が発揮された例である。こういう機能を損なわない限りは、マスコミの役割がなくなる、ということはない。この記事を読めば、国鉄の分割民営化 → 過剰な利益追求に走る → 安全性が損なわれる → 民営化は失敗、悪、という単純な図式が誤りであることがわかるのである。

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