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2005年5月 3日 (火曜日)

脱線事故(続きその11)

昭和20(1945)年8月15日以降、今日まで、運行中の列車・電車などによる事故で、死亡者が10人以上出たものは、15件ある。このうち昭和23(1948)年までに9件が発生している。人災の要素もあるが、危機・設備類に問題があったものもかなりあり、戦後の混乱期ということで致し方ない面もあるといえよう(と言い切ってしまうのは、続けざまに同一箇所で事故を起こして批判された近鉄の例もあり、問題がないとはいえないかもしれないが)。昭和26(1951)年の桜木町火災も、時期的には(サンフランシスコ講和条約の年であり)戦後の混乱から脱した時期といえよう。

戦後の復興期を抜け、高度経済成長期にさしかかった時期の事故は3件である。このうち鶴見事故は自然に起きた競合脱線ということで、致し方ない。六軒駅列車衝突事故と三河島事故は、複数の列車が事故に絡んでいて、死亡者数が多くなっている。

1970〜80年代は、国内で死亡者数が二桁に達する鉄道事故は起きていない。国鉄が分割民営化されたのは、この間の1987(昭和62)年のことである。

今回の福知山線の脱線事故は、戦後の混乱期も含めて、最近60年間の単独の列車の脱線としては最大規模のものであることがわかる。

そして何より特筆すべきなのは、国鉄分割民営化がなされ、時代が平成に移って以降、2件の重大事故が起きているが、いずれもJR西日本が絡んでいる、ということだ。同社の安全軽視の体質は、こんなところにも如実に現れるのである。

●戦後の大規模鉄道事故(死亡者数10人以上)

番号年月日事故名称死亡者数
11945.8.22肥薩線列車退行・乗客窒息事故49人
21945.8.24八高線多摩川鉄橋衝突事故105人
31945.9.6中央線笹子駅衝突事故60人
41945.11.18神有電鉄転覆事故45人
51946.1.28小田急線脱線転覆事故30人
61946.12.24近鉄電車追突事故18人
71947.2.25八高線脱線事故187人
81947.4.16近鉄生駒トンネル電車火災事故28人
91948.3.31近鉄奈良線花園駅列車追突事故49人
101951.4.24根岸線桜木町火災事故106人
111956.10.15参宮線六軒駅列車衝突事故42人
121962.5.3常磐線三河島事故160人
131963.11.9横須賀線鶴見事故161人
141991.5.14信楽高原鉄道正面衝突事故42人
152005.4.25福知山線脱線事故107人

  1. トンネル内において、蒸気機関車牽引の列車が勾配を登り切れず停止。窒息を逃れようと降りた乗客がトンネル内を歩いていたところ、窒息防止のため後退した列車に轢かれ49人(53人説もあり)が死亡。戦争による鉄道施設疲弊、石炭の品質低下、列車の超満員、案内設備の未整備、乗客の誘導連絡不十分などが原因
  2. 単線区間における正面衝突事故 暴風雨によるダイヤの乱れと機械・電話の故障のため、職員の取り扱いミスから同一閉塞区間内に上下線が進入。死亡者数は104人とも。
  3. 下り列車が笹子駅に進入の際、制動機故障のため引込線先端の車止めに衝突して、岸壁に衝突客車3両は脱線大破。機関士、機関助士と共に居眠りしてブレーキをかけ遅れたのが原因
  4. 現神戸電鉄。ブレーキが利かず急勾配を転げ落ちた。運転手の運転ミスが原因と思われる。 死亡者数は48人とも。
  5. 停車中にブレーキが緩み下り勾配を駆け下りた。原因不詳。
  6. 後続電車の信号無視が原因らしい。急勾配とトンネル内での事故が被害を拡大。
  7. 客車列車が下り勾配で過速度により脱線・転覆。食料買出客による列車の超満員と老朽木造客車が被害を拡大した。
  8. 電車の抵抗器からの発火が原因らしい。 急行電車が、生駒トンネルを走行中にブレーキが効かなくなり、トンネル内からの下り坂を加速・暴走して河内花園駅で前方の普通列車に追突。木造車体がほとんど粉砕された。
  9. 空気管の老朽化による急行列車のブレーキ故障が原因。生駒トンネル走行中に故障し、急勾配を下る際に加速した。
  10. 架線工事ミスにより垂れ下がった架線と車体が接触し発火。車両の屋根に燃えやすいペンキが塗られていてあっという間に火が燃え移り、火がシートや床などに燃え広がるとちょうど煙突のようになって車内は火と煙で充満。自動扉を手動にするドアコックの位置が分かりにくかったことで多くの乗客が車内に閉じ込められ、被害が拡大した。
  11. 現紀勢本線。松阪市郊外にある参宮線六軒駅構内で上り列車を退避するよう指令を受けた下り快速列車が安全側線に進入して脱線転覆し本線を支障。そこに遅れていた上り快速列車が衝突し、機関車と客車が脱線転覆。単線区間で、遅れた列車にあわせて運行手順を変更したためにおきた。
  12. 常磐線三河島駅構内で支線から本線に進入しようとした貨物列車が赤信号の見落としにより安全側線に進入し脱線、本線を支障したところに本線の上下列車が相次いで衝突した。貨物列車の運転士が信号を見落とし、下り列車の乗務員が列車防護を取らなかったとされる。
  13. 東海道本線鶴見・新子安間で、下り貨物線を走行中の下り貨物列車の貨車3両が脱線して上り旅客線を支障、直後に上り旅客線を走行中の東京行列車が貨車に衝突して電車3両が脱線、下り旅客線を走行中の久里浜行電車)の側面に衝突した。「競合脱線」と呼ばれる貨車の自然脱線によるもの。各列車の運転士や乗務員に不正や不手際はなく、線路や貨車の欠陥も認められなかった。
  14. 貴生川行列車が信楽駅で赤信号のまま単線区間に進入したため、乗り入れてきたJR西日本の臨時快速列車と正面衝突。その契機となった信号故障についてJR西日本と信楽高原鐵道の言い分が異なるが、JRが信楽高原鐵道に無断で設置した「方向優先てこ」と、信楽高原鐵道がJRや運輸省に知らせずに実施した信号設備改修工事の双方が設備不調の原因とされる。

参考サイト
図説▽戦後の主な鉄道事故
抹香鯨の鉄道事故年表
ウィキペディア 鉄道事故
八高線多摩川鉄橋衝突事故(1945年8月24日)について

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