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2005年4月 3日 (日曜日)

相変わらず電波な毎日新聞投書

今日4月3日朝刊の「みんなの広場」。埼玉県のS沢N雄さん、63歳。国歌・国旗に関する主張である。
SNというと、つい磁石の極やS/N比を思い浮かべてしまうが、それはどうでもいいや(^_^;)。

編集者がつけた見出しは「君が代の『君』解釈は自由だが」、とある。最初からやってくれる。本当に自由なのか。これは君主のことだろう。建前や法令、あるいは好き嫌いはともかく日本国の実態は立憲君主国だろう。まあこれは本人の筆ではないだろうから、このくらいで通過する。


戦後敗戦国のドイツもイタリアも侵略、弾圧、虐殺の反省の上に、国歌、国旗とも変えたが、日本はその反省もできずとうとう「日の丸」「君が代」を元に戻してしまった。

うーむ。イタリアは1943年に降伏した後、連合国側に参戦したので、敗戦国扱いではないのだが。
イタリア国旗の場合、戦争の反省にたって変えたのではなく、単に政体が王国から共和国になったので、それまでのサヴォイア王家の紋章をはずしただけだ。ドイツにしても、ナツィス時代が異常だっただけで、国歌・国旗とも「元に戻った」のである。国歌については、何番を歌うかで変化はあるが。

それから、日本も、侵略、弾圧、虐殺について反省しているでしょうに。
いや、反省しているのに、隣国から何度も何度も繰り返して謝罪を強要されているくらいだ。

歴史的事実は、正確に把握した上で意見を述べましょうね。あいかわらず事実誤認がフリーパスなのが新聞投書欄であるが、こんなことをしているから「公共性」や「客観性」について疑いをもたれるのだ、ということを一体全体新聞社はわかっているのでしょうかね。毎日新聞は時々至極まっとうな正論を記載するようになっているだけに、こういう片手落ちが残念である。


「日の丸」「君が代」の解釈や価値観を、処分までして強要する社会は、到底民主主義国家ではない。

東京都教育委員会のことを主として言っているのであろう。そのスタンスには、個人的には一部問題を感じる点もないわけではないのだが、全体としてはまともであると思う。卒業式に日の丸を掲揚して君が代を斉唱する、という儀式としての形式を守れ、と言っているわけであって、思想まで弾圧しているわけではない。それは教育現場の日常でそういうことが起きていない(少なくともそういう報道はない)ことでも明らかだ。

むしろ、日常の授業や卒業式などの儀式の場を利用して、生徒に特定のイデオロギーを強要し自らの政治信条を実現しようとしている労働組合やそこに加入している教師達の方が、よほど問題だ。

この投書氏の言う「民主主義国家」とは西欧近代主義に基づく概念だと思うが、その基底にあるのは普遍的な(つまり思想信条を超えた)国歌・国旗に対する忠誠心である。民主主義といえば何でも通ると思うのは、それこそ民主主義のはき違えであるし、そもそも民主主義とはそれほどまでに絶対的なものでもあるまい。

氏に問いたい。あなたはフランス国歌の歌詞をご存じか、と。

国旗に関して、個人的な経験を披露しよう。

3年前の1月に、仕事(都市開発関連の調査)で英国に単身行った。ある地方都市の日本で言えば公社のような組織に対して事前にメールでアポを取り、ヒアリングをしたのだが、訪ねてみると日の丸はじめ4つ5つの国旗が掲揚してある。その組織は元来開発した土地を国内外の企業に売るという投資を呼び込むミッションがあり、そのために商談に訪れる人々の母国の国旗を掲揚して歓迎しているのだ。そして、その日、日本からの訪問客は私だけだった(私が来るというのを聞きつけた現地企業にいる日本人がもう1人居合わせたが)。投資の客でなく単にヒアリングに来ただけの日本人のために、わざわざ日の丸を掲揚してくれたのだった。この時くらい、私は国旗というものが、普通の国でどのように扱われているのか、その重みを実感したことはなかった。

もっとも、一応高学歴の部類に属する私が、海外に仕事で行く時には、先方もそれなりの人が対応してくれる。小さな自治体では市長自ら歓迎してくれたこともあった。となると、こちらも日本という国を背負っているわけで、私は常に責任と自覚をもってこういう場面に対処してきた自負がある。そして日の丸はその支えでもあると思う。

まあ、こんな経験はまっとうな海外経験のある人なら、少なからず持っているのだと思う。そしてそうでない、何もわかっていない輩が、やいのやいのと騒いでいるに違いないのだ。

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コメント

アメリカの学校ではご存知のように、各クラスに星条旗が飾ってあります。そして、朝一番、先生と生徒が、胸に手をかざして国家に向かっての宣誓?みたいなことをしますね。

君が代も、現代的な歌に変えたほうが、唄いやすくていいんじゃないか。。。憲法も変りそうだし、国歌だって時代の変遷と共に変るべきだね。

雅子さんのようにできる女性が、皇室に入ったがために、鬱的な不遇な人生を送るようじゃ、立憲君主政も地に落ちたといわざるをえないよな~。

投稿: スーパーTS | 2005年4月 3日 (日曜日) 23時17分

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