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2005年3月20日 (日曜日)

中国語という幻想と日本語

「中国語」と何気なく言うけれど、実はこれは幻想である。

彼らの人工的な共通語である「普通話」(簡体字では書き方が違いますが)は、清朝の宮廷語であった「北京官話」をベースにした、中国共産党製の国内用語。北京官話は清朝の後継である中華民国の公用語でもあったので、台湾では今でも北京官話が標準語。でも、台湾語というのは福建語の変形だし、Native Taiwaneseはミクロネシア・ポリネシア系なので、彼らの言語は南方系の系統の異なる言語。
しかも、宮廷語といっても、皇帝一族が宦官達に対して命令する時の言語であり、皇帝一族の日常言語は満洲語だった。満洲語はしかし徐々に北京官話に浸食されていったわけだが。もちろん一般大衆はそれぞれの地方語を話していた。

我々はシナの人口の9割を占める「漢民族」と少数民族という創作に染まっているので、純粋な漢民族というのがいるように思っているが、実は彼らこそ雑種であり、系統や出自のはっきりしている「少数民族」の方が人種的には純度が高い。まあ少数民族といっても1000万人を超えるようなグループもいるわけだが。

で、シナに行くとどうなるかというと、いわゆる漢民族の人達は自らの母語を当然のように使う。書き言葉なら漢字が共通なので意思の疎通ができるが(というか漢字そのものが、いろいろな言語の仲立ちをするために存在しているわけで)、話し言葉になるともうお手上げである。北京語と広東語で通訳がいるのだ(実際に香港で目撃している)。ま、北京語は北方言語の影響が強くアルタイ語的な要素が大きいのに対して、広東や福建は南方系の言語だから、当然と言えば当然。

というわけで、もしも我々が観光目的くらいでシナの言語を学ぶのであれば「普通話」でいいと思う。学校教育を受けた「中国人民」はこの言葉を話せるから。でも、経済的に必要だからと言って、日本人皆がこの言葉をマスターする必要などないだろう。むしろ、外務省のチャイナスクールのように、言葉も話せるけど、魂も売ってしまっているようでは困るのである。日本の国益や自社の利益を守るという前提で、きちんと論争のできる人材を育てればそれでよいと思う。

そしてむしろ、香港や広州に行くなら広東語、重慶や成都に行くなら四川語、上海に行くなら上海語といった地域の固有の言語を学ぶべきだ。「普通話」のような人工言語では、異なる文化に接するような興奮も少ないし、心してかからないと中国共産党のプロパガンダに都合がいいだけだ。

英語が国際語というある意味真実だが、普遍的事実でもない(例えばEUの標準語は英語ではない)という状況は、米英あたりの言語戦略が成功しているからだ。日本ではそういう思想普及には成功したが、実際に英語のできる人材が少ないのは、彼らの教育法が基本的にはインド・ヨーロッパ語族の言語の話者が前提だからだろう。

そういう意味で、日本ももっと日本語を普及させる戦略をもつべきだ。アフリカのおばさんに、都合のよい解釈で一つの単語だけ広められるようなお粗末な事態は避ける必要がある。津波関連で、国際的な防災対策の先頭に立ち、ついでに日本語を広めてしまうくらいのしたたかさがあってよいはずだ。そういえば、のど元過ぎればなんとやらで、「公共性」というかけ声もむなしく、マスコミはもうスマトラ沖地震による津波被害のことも忘れ去られようとしているではないか(そしてライブドアの報道にばかりうつつを抜かしていおる)。

そして、またこういう土建国家的な援助外交とセットの日本語普及だけでなく、日本文化に関心を示す外国人が増えているのだから、いろいろな国で日本語と日本文化を広めるような施策に税金を使うべきだ。アジアだって、日本に反感を持っているのはせいぜい3カ国にすぎない。大半の国は親日的であるし、むしろ現憲法の制約でまともな国家の体をなしていない日本を歯がゆく思っている。

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コメント

豪州にいた頃、台湾人と北京人の2人のインテリはまずは、英語で会話。3人で中華料理レストランに行くと、マンダリン(北京語のことでしょう)で台湾人が北京人に話したりしていました。台湾は福建語だとおもったが、シンガポールやマレーシアの華僑の師弟たちは、仲間内でも英語でしたね。

日本語普及活動は大賛成。豪州には公称100万人の日本語学習者がいる。小学校でも選択で教えている。私も、大学付属の語学学校で日本語講師としてアルバイトもした。ただ、中国、韓国系と違い漢字文化が無いので、読み書きは大変そうだ。流暢にしゃべれる人は大勢いる。

豪州は脱欧入亜出にどんどん向いている。。。

投稿: スーパーTS | 2005年3月21日 (月曜日) 16時53分

サッカーも、オーストラリアはオセアニア連盟からアジア連盟に鞍替え希望のようです。

文字は、実用的な読み書きではなく、芸術としての書道を前面に出すのも手ではないかと。

私の弟はタイのチェンマイで日本語教えてます。

投稿: フロレスタン | 2005年3月21日 (月曜日) 21時09分

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