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2005年3月21日 (月曜日)

大河ドラマ「義経」考 その1

小生、歴史が好きなせいもあって、大河ドラマも好きである。幼い頃の記憶に残っているのは昭和41年の「源義経」である。尾上菊之助(現菊五郎)が主演で、緒形拳が弁慶を演じた。小学校2〜3年生だったので、全編見て記憶しているわけではないが、最後の弁慶の立往生のシーンが記憶に残っている。昨年の正月にレンタルビデオ店で総集編を収録したのを借りてきて見たのだが、藤原忠衡をまだ20代の田村正和が演じていて、さすがに若い、と思った。竜馬が行く(北大路欣也主演)の最後の暗殺シーンもなぜか記憶に残っている。オレは残酷なのか(笑)。ま、最終回というのはインパクトがあるのだ、ということにしておこう。

嵌ったのは、昭和44年の天と地と(石坂浩二主演)からである。小学校5〜6年生だったので、全部覚えている。緒形拳、北大路欣也、石坂浩二といった面々は、その後も大河ドラマで重きをなすことになるのは大河ファンなら周知のところだが、名優の資質というのは子供心にも訴えるものがあるということなのだろう。

この大河も21世紀に入ってから駄作が続く。惰性で見てしまったが、2001年の時宗(題材はよいと思ったが、いかんせん脚本がどうしようもなかった)、2002年の利家とまつ(戦国ホームドラマって何よ?)、2003年の武蔵Musashi(堤真一の演技が救いだった)ときて、昨年の新撰組はとうとう最初の3回くらい見て脱落した。そして今年の義経である。冒頭のように、記憶に残っている最初の大河が義経なのだ。日曜日の午後8時に習慣は復活した。

主演の滝沢秀明は、99年の元禄繚乱に吉良義周(きらよしちか、吉良義央の実の孫で養子)役で出演していた。その時の演技が稚拙だったので、今回どうなるかと思ったが、さすがに歳月は経過しており、周囲の配慮や本人の努力もあるようで、それほど悪いとは思わない。主役の演技がひどいと目も当てられないが、今回は一年通して見られそうである。

昨日は、鹿狩りで行方不明になった奥州藤原氏の4代目泰衡(渡辺いっけい)を、夜間に単騎救い出して、その武勇が奥州に鳴り響く、というのが前半の展開だったが、藤原秀衡(高橋英樹)から贈られた愛馬白童子を駆って斜面を駆け下りるシーンは、明らかに一ノ谷の合戦の前振りである。こういう見え見えの演出が臭く感じられるのが大河のいやらしいところでもあるのだが、まあそれはそれでいいだろう。それよりも、義経による泰衡救出シーンとこれに恩義を感じる泰衡の行動が、2人の悲劇的な関係と最期を知るものにとっては、長い伏線になるのが非常に重たい。

後半は平家の悲劇の序曲がテーマだが、それにしては鹿ヶ谷の陰謀がナレーションとわずかな映像だけですまされたのは、ちょっと軽すぎないか、と思った。軽すぎたせいか、一緒に見ていた娘が、何を言っているのかよくわからないと言っていた。平家のシーンは似たような名前の登場人物が多すぎて(笑)、いつもよくわからないようなのだが、ここいらあたりは、独眼流政宗の時に始まったアバンタイトルでの解説を充実させてくれたら、と思う。

来週は、平家嫡男(清盛長男)の重盛(勝村政信)が亡くなるようだ。優秀な跡継ぎを亡くしたことは清盛にとって、そして平家にとって痛手だったろう。勝村政信は97年の毛利元就で、元就家老の一人渡辺勝(わたなべすぐる、榎木孝明)の嫡子通(かよう)の役を演じて以来だが、あの時は、危機に瀕した主君の身代わりになって死ぬ役で、出演回数が少なかった。今回も決して出演回数は多くないが、出演者のクレジットを見ても重要な役まわりであることが明白であるし、利発な名門の嫡子の役を見事に演じている。小泉孝太郎と賀集利樹の2人がこの重盛の息子(資盛と維盛)を演じているが、これまでのところバカ息子のような扱いなので、その父親としての威厳もよく表現している。ドラマ序盤の礎石の一人だろう。

もう一人序盤の功労者をあげるなら、稲森いずみである。初回の常磐御前の演技は3人の幼児の母、夫を殺された未亡人、そして一人の女という三面が見事に調和していて絶品であった。トレンディドラマに時々出演する姉ちゃんくらいにしか彼女のことを見ていなかったが、完全に脱帽である。

それにしても、何故マツケン武蔵坊はあのようにいつもハイテンションなのだ?

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