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2004年10月25日 (月曜日)

新潟県中越地震と上越新幹線の脱線

またも悲惨な災害が起きてしまった。
新潟県中越地震の犠牲者、被災者の方には心より、ご冥福・お見舞い申し上げます。

故郷の隣県であり、いくつかの被災地の市町村には仕事でも世話になったことがあるので、何か力になりたいが、現状、自分も生きるのに必死なため、精神的な支援のみでご容赦願いたい。復興などで具体的に力になれる場面があれば、都市計画に携わる者の一人として何か貢献したいものである。

日本列島に住む以上、避けられない宿命とはいえ、地震の犠牲・被害は少ないに越したことはない。いつものごとく、子供や高齢者に犠牲が多いのはやるせない気分になる。

東京の我が家もかなり揺れて、本棚から本や書類が若干落ちたが、大事はなかった。首都圏直下型がもしも睡眠中に襲ってきたら、命がないかもしれない。

今年は台風の来襲も多く、地盤が緩んでいたことも、土砂災害がそこここで見られる原因だろう。また、木造住宅を中心に、ぐしゃりと潰れた建物を見ると、耐震性や老朽化などの問題もあるだろう。あってはならないことだが、手抜き工事はなかったのだろうか。

寸断された道路や鉄道(上越線の線路は宙ぶらりん!電車が走ってなくてよかった)、上越新幹線の脱線した車両や鉄筋が曲がってむき出しになった高架の橋脚など、改めて自然の力の大きさをまざまざと見せつけられる。

ネット上の掲示板2ちゃんねるで批判されているが、上越新幹線の脱線に対するマスコミの報道については私も同感である。

曰く、「新幹線安全神話の崩壊」「『新幹線は脱線しない』という安全神話が崩れた」云々。おいおい、安全神話なんてマスコミが勝手につくったものだろう。脱線しないなんて誰が云ったんだ?そして、高速化、車両の軽量化に対して(こういう時だけ)危機感を煽り、安全性が確保されないなら、減速する勇気を持て、などと説教を垂れている。

誤報の危険が排除できないなら、廃刊する勇気を持て、と茶化した掲示板の書き込みには思わずうなってしまった。マスコミって、いつもこんな調子だからねえ。そして復旧すると、黙ってまた自分たちも仕事に遊びにとまた乗車することだろう。

理系の言論人を育てないとだめだ、という主張もあったが、まさにそのとおりである。聞いていてイライラするような質問するキャスターやアナウンサーが多すぎる。プロじゃねえよ。
日テレのバンキシャ!の菊川怜は、東大の建築学科卒だぞ。もう少し切り込めないのかよ。まあ芸能活動していたら、専門のことなどもう忘れておろうが。

むしろ、普通に走行していて車軸が折れて脱線し、多くの死者を出したドイツの高速鉄道に比べれば、新幹線の耐震性能が発揮されたと見るべきだろう。むろん、恐怖感を味わった乗客や運転士の方には同情申し上げる。

対向車両があったらとか(某鉄道ライターを出演させて「東海道新幹線なら惨事になっていただろう」というコメントを出させたテレビ番組もあったようだ)、より軽量の車両だったら、といった仮定の話はいくらでもできる。地形、地質、社会システム、国民の考え方など様々な点で違いがあるフランスと比較してもあまり意味はないだろうね。

しかし、不幸中の幸いであるのは、阪神・淡路大震災の時は、山陽新幹線の被害が始発前で死傷者がなく、そして今回も人命に関わる惨事は避けられた。山陽新幹線の教訓は構造物の耐震性強化につながったはずだから、それは今回生きていたのではないだろうか。もしもあの教訓がなければ、新幹線は橋桁ごと崩れていたかもしれない。昨年も東北で大きな地震があったけれど、東北新幹線はほとんどダメージを受けなかった。

こうした中から、課題を発掘し、次なる安全性につなげていくための技術開発、システム開発や意識改革こそが必要なのだと思う。

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» 「マスゴミ」と揶揄されるにも理由がある [代わり映えのしない日常]
新潟の地震をネタにいろいろ書くのは不謹慎かなと思って敢えて触れないようにしてたん [続きを読む]

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