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2004年10月 6日 (水曜日)

ハーンとハン

チンギス・カアン(いわゆるジンギスカン、漢字表記「成吉思汗」)の霊廟が発見されたとのニュースが新聞をにぎわしている。

さて、その名前の表記だが、毎日新聞はチンギス・ハン、日経はチンギスハンとなっている。
後はネットでの確認だが、読売新聞はチンギス・ハーン、産経、共同通信、時事通信はチンギスハン、朝日は見あたらない。地方新聞はこの際省略。

さて、冒頭になぜ「チンギス・カアン」と書いたか。
知ってはいたが記憶が曖昧なので、ウィキペディアで確認しつつ整理するが、上に列挙した表記の中では読売がまともである。

皇帝と訳すのがわかりやすく概念も近い「カアン」のテュルク・モンゴル諸語の古い形はカガン(qagan、漢字表記は可汗)で、これが変化してカアン(qa'an、khan)となった。このqやkhの子音が日本語にはないのよね。

大モンゴル帝国(イェケ・モンゴル・ウルス)、いわゆる元の場合、中華王朝としてではなくモンゴル民族の国家としてみた場合、頂点に立つカアンがいて、チャガタイ、キブチャク、イルなどの分国を支配するのがそれぞれの王のハン(qan)である。中華王朝風になぞらえれば(適当かどうかは別として)、皇帝がカアンで属国である周辺の朝貢国の王がハンということになる。日本の封建制なら将軍と大名といったところか。

チンギスの時代にはモンゴル帝国はまだこうした構造にはなっておらず、二代皇帝(カアン)のオゴディ(カアンの称号を復活させた張本人)以降に全体の長たるカアンと分国を支配するハンという形が形成されていったから、例えば五代のクビライ(またはフビライ)は紛れもなくカアンである。
だが、チンギスをモンゴル帝国の始祖として見なすのが一般的であり、そうした慣例に則って形式的に考えれば本名テムジンと言われるモンゴルの英雄は「チンギス・ハン」ではなく「チンギス・カアン」と表記するのが適当であると考えられる。

読売の「チンギス・ハーン」という表記は、ハーンという長母音にカアン(あるいはハーン)とハンの違いを認識していることが明らかであるからよいとして、あとは皆落第だね。

ついでに言っちゃうと、清は満洲人(ツングース系、モンゴル人とアルタイ系の民族という共通点がある)の国で、明の後継の中華王朝としての性格ばかりが我々の受けた歴史教育では強調されるが、その皇帝はちゃっかりモンゴル・ウルスの後継カアンにも納まっていた。

その清の後継の中華民国は、だからモンゴル全土をいまだに自らの領土だと主張しているし、中華人民共和国も内モンゴルを領土化してしまっている(今や内モンゴルの人口は圧倒的にモンゴル人よりも漢民族が多い)。チベットも清の保護国のような性格だったはずで(確認するのが面倒。少なくとも清の領土や属国ではない。モンゴルはチベット仏教だしね)、それだけで中華人民共和国はチベットに侵攻した(と彼らは絶対に言わないがそうである)。私ゃ、チベットで仏像が破壊された跡を生で見たよ。ひどいもんだ。ターリバーンのアフガンでの暴挙を避難するなら、同様に1950年代後半の中華人民共和国指導部、軍部を非難しないとおかしいよ。

13世紀にユーラシアを席巻し、西にはタタールのくびきという恐怖を残し、ペストを持ち込んでヨーロッパの人口を1/3に減らし、東には元寇はじめとしてあちこちに侵攻したモンゴル。東西文化の融合や交流というプラスの側面もあるけれど、21世紀の今になっても国際関係に負の影響も与え続けているモンゴル。朝青龍のことはとりあえず置いといて(笑)。

実はこうした知識を得るきっかけを与えてくれたのは、アジア史が専門の弟である。
おかげで支那・朝鮮半島一辺倒でない、もっと西側ないし北側からのアジアの視点を少しは得ることができた(つもりである)。

日頃、アジア、アジアとかき立てている新聞も、底が浅いな。

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コメント

さすが、何でも博識ですね。

ところで、今日のニュース。トルコのEU加盟問題。キリスト文明がイスラム文明を取り込む、というより融和させられるか。

こういう出来事の積み重ねが大きな歴史的なうねりとなってゆくのでしょう。現代政治として考えるより、タイムマシンで未来にいったつもりで、この問題が将来どう評価されてゆくのか、歴史的視点が面白そうです。

投稿: 大郎 | 2004年10月 7日 (木曜日) 20時04分

いえいえ、博識な人は世の中にたくさんいます。まあ、私も一般的な人よりは博識でしょうけど(笑)。

それはともかく、キリスト教とイスラームは7世紀のイスラーム誕生以来、つねにせめぎ合ってきましたね。十字軍。イベリア半島へのイスラームの進出とレコンキスタ。現在、民族や宗教が問題で内線あるいは戦争状態になっている中近東やバルカン半島は、オスマントルコのかつての領土。

トルコがEUの加盟すると、そのうちアゼルバイジャンやアルメニアあたりまで加盟する、ということになりそうです。アルメニア派は東方正教会の国だけど、アゼルバイジャンはトルコ系。

いずれにしても、ヨーロッパは新しい融和を求めていろいろと試行錯誤しているようで、こういう歴史のうねりの中に身を置いている、というのはちょととわくわくすることでもあります。

投稿: ブログ運営張本人 | 2004年10月10日 (日曜日) 02時29分

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