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2004年9月 6日 (月曜日)

技術と経営についてちょっとだけ考える

4日、5日が週末だったので、文字通り三日坊主の様相を呈してしまった。ここで踏ん張らないと(笑)。

昨5日の毎日新聞の一面のコラム「余録」を読んで考えさせられた。
最近のこの手のコラムはあまり質が高いとは思えず、読んでなるほどと思わせるものが少ない。自分で読んではいないが朝日新聞の「天声人語」などボロクソにやっつけている雑誌記事もよく見る。しかし昨日のは違った。

木造船を作る船大工の棟梁を紹介し、日本の風土や歴史に根ざした知恵の結晶としての技術を高く評価している。そして返す刀で、5人の犠牲者を出した関西電力美浜原発の水蒸気噴出事故を例に出して、高度技術への過信、傲慢さを批判し、「匠の心」の喪失を憂慮している。

考えるに、日本の企業社会での文化系優位が原因の一つではないだろうか。
よほどの傲慢かたわけでない限り、技術者=「理系の人間」は、技術の(その時点での)限界や問題点をわかっているはずである。管理職や経営者が、技術のそうした限界を謙虚に理解しようとしない「文系人間」である場合、現場の技術者の声は経営に反映されにくくなる。

もちろん、文系出身者の中にも技術に対して理解を示す、あるいは熱心に勉強して理系出身者も顔負けの知識をもっている人も少なくない。しかし、それは恐らく少数であろうし、そういう人を生み出す社会の仕組みがあるのではなく、あくまで個人の資質によるものだろうとも思う。

最近の小学生は4割くらいが、太陽が地球の周りを回っている、と思っているという調査結果も最近発表され、理数系の教育自体のあり方も考えなければいけないが、文系出身者の理工系分野への関心を深める努力も必要である。さらに言えば、理工系出身者も、経営や社会のことをもっと勉強すべきである。技術に対する自信と謙虚さとを併せ持った技術者が、同時によい経営者たり得た時(既にそういう人もいるが)、技術に対する人々の信頼性は、現在よりも向上し、匠の心が社会により強固に受け継がれていくはずである。

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