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2004年9月 1日 (水曜日)

アテネ雑感 その1

オリンピックが終わってしまった。
これで寝不足の日々から解放される(かもしれない)が、寂しいものである。そう感じている人はたくさんいるだろう。

今更遅いのは承知で、自分なりのコメントを残しておこうと思う。

開会式は見なかった。近年のオリンピックの過度の演出や装飾が好きでないからだが、周囲の誰も開会式のことを話題にしないこともあり、見なくて残念という気持ちはない。

ジーンと来て涙が出そうになったのが、体操男子団体の金メダル。
ローマ、東京、メキシコ、ミュンヒェン(注1)、モントリオールと、自分が生まれてから5回連続の金メダルは私の未成年の時期と一致しているのである。だから28年前の金は歴史上のことではなく、自分の人生と重ねられる。当時は浪人していたし、その後のボイコットしたモスクワ大会以降金が撮れなくなった、ということも実際に知っている。そうしたことが根底にあって、目頭が思わず熱くなったのだと思う。

もっとも自分で主体的にオリンピックをテレビで見た記憶があるのは少学5年生のメキシコ大会以降で、この時はサッカーの銅メダルにも感激したものだ。

話がそれてしまうが、だからこそ今回のサッカー男子のふがいなさには腹が立つ。
3級審判員の身でもあり(^_^;)、本来であれば、サッカーについてはいろいろとコメントしたいところだが、今回は初戦の最初の5分で全てが終わってしまったもんねえ。山本昌邦監督が犬顔だと言うけれど、彼は戌年生まれですよ。

柔道の快進撃も見事。
これまでの大会では金は取ったものの、見ていてお預けを食らったような、力を出し切れずにプレッシャーに負けた試合がよくあったので、そういう意味でも選手たちはよくやったと思う。

今回、群馬出身の唯一のメダリスト(毎日新聞の記事による)横沢由貴。翌日新聞見るまで同郷だと知らなかった。本人は銀で悔しがっていたが、キューバ人の世界チャンピオン相手の準決勝の土壇場の逆転一本勝ちは金以上の価値がある。あれで他種目も含めて日本選手団は大いに力づけられたはず。

井上康生の敗戦の原因はいろいろと書かれているけれど、複数のメディアが取り上げていて説得力があったのが、欧州各国のビデオによる包囲網でやられた、という話。山下泰裕氏の指令で実際にスタッフが6月くらいに渡欧して確認したそうで、井上自身も、一人が新しいことをやるとすぐに他の選手がまねをする、と言っていたようで、こういうのも「確実な金候補」にはプレッシャーになるのだろう。ともあれ、銀の2選手とともに捲土重来を期待したい。
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注1:通常我が国ではミュンヘンと表記されるが、ドイツ語の発音はミュンヒェンに近いので、私は通常こちらの表記を用います。ドイツ語のテキストにはだいたいミュンヒェンと書いてあるのですがねえ。

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