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2004年9月21日 (火曜日)

市民参加というのは本当に「進歩的」なのか?

先日、スイス・ジュネーブに留学している知り合いの女性から、同国の地方自治の仕組みや実態などについて話を聞く機会があった。彼女が留学前に勤めていた会社が中心になってやっているサロンでのことである。

スイスといえば直接民主制。住民投票が日常茶飯事。
いやいや、市民参加が好きな人にはたまらない「先進事例」でしょうな。

でも、ちょっと待ってよ。
19世紀以降に確立した近代国家というのは、基本的に間接民主制のはず。大統領制や議院内閣制、あるいは立憲君主制(このあたりの記述は政治が専門ではないので、不正確かもしれないが)など、いろいろあっても、選挙で当選した国民の代表が、国会で国のあり方を決める仕組みである。

スイス連邦が現在の国家として成立したのは1848年というから、19世紀の国家ではある。
しかし、話を聞いていると、実態は1291年に3つの州(Canton=憲法を持つ一種の独立国家)が集まって自治を確立した時から、時計が止まっているようである。1848年は、その時の枠組みを23だったかの州に広げたに過ぎない。現在は26の州がある(自治権の制約から半州というのもあるそうだが)。

実際、スイス人は保守的で変化を嫌うようだし、社会の変化もとてもゆっくりしているのだそうだ。
あるいは本当に変化しているのか?

人口700万の国で26の州だから、一つの州は平均すると人口30万にも満たない。それで一つの「国家」なのである。実際、主要都市のジュネーブ、ベルン、チューリヒ、バーゼルといったあたりの人口は10数万人である。こりゃ、直接民主制も成立するわな。

しかも地政学的に言って、ヨーロッパの中央部に位置し、周囲の強大な勢力から狙われる。神聖ローマやこれを次いだハプスブルク家のドイツ、ブルボン家のフランス、メディチ家のイタリア、オスマントルコ。永世中立せざるを得ないのがわかる。日本人の多くは、スイスの永世中立を反戦平和主義と勘違いしておるよな。冷戦終焉後は有名無実化しているようだが、あちこちに核シェルターも存在している。

しかも、特定の権力者に権力が集中すると、これらの列強の一つの傀儡となって、独立が危うくなるから、権力まで分散させている。ジュネーブあたりでは市長は一年交替ですと。

投票率が半分以下のこともあるそうだ。これは機械的に住民投票の基準が定められているような時に起こる可能性がある。例えば学校を建設するという場合、だれが見てもそのことが必要で、反論の余地がないにもかかわらず、建設費が定められた基準を超えた場合、投票にかけることになる。ああ、なんたる形式主義。

ああ、まただらだらと書いてしまった。
自らの意志を反映できない議員しか選べなくなった「近代国家」の日本人は、実はトラックを何周も遅れて走っている(というよりはほとんど休んでいるに等しい)スイスを見て、自分よりも先を走っていると思ってしまったようだ。

別に私はスイスの直接民主制を全否定するつもりはない。「近代化」が常に正しいし進歩的だとは限らないからだ。ただ、天の邪鬼な私は、中世帰りしてまでポビュリズムの危険性のある直接民主制をあがめるようなこともしたくはない。胡散臭い「市民参加」もそこここに転がっている。

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2004年9月17日 (金曜日)

死刑

宅間守の死刑が14日に執行された。
私の名前には、こいつと同じ文字が一文字含まれている。それだけでもおぞましい。早く消えてくれてせいせいした。

さて、この死刑執行の時期について、マスコミの報道には「異例の早さ」という表現が見られる。
刑事訴訟法では判決確定の日から六ヶ月以内の執行が定められており、本人も早期の執行を望んでいた。
死刑廃止議員連盟などは、「本人の謝罪を引き出せないでの執行は妥当なのか」などと法務大臣を批判しているが、宅間は謝罪する気のない犯罪者なのだから、この主張は屁理屈にすぎないだろう。

この議員連盟の議員諸氏には、法務大臣となる資格はないな。
だれか、該当議員の名前をリストアップしてくれ。そして、もしも法務大臣になったら皮肉ってやろうではないか。

よく、日本は法治国家、中華人民共和国は党治国家、北朝鮮は人治国家だというが(笑)、法律に定めてあることが規定どおりに執行されない「異常事態」が常態化し、規定どおりの措置が「異例」と言われるのは、どう考えても尋常ではない。放置国家だよね、どちらかというと。

アムネスティ・インターナショナル日本も今回の死刑執行を批判しているようだが、この団体は識者によっては「トンデモ団体」であると指摘する向きもある。人権と言えば、なんでも許されるというものでもなかろう。
この団体のメンバーの中には、自分の親族を殺害された人間はいないのか。

いずれにしても、犠牲者の父母はやりきれない気持ちだろう。
ここのところ、子供が悲惨な殺人事件に巻き込まれているのが多いような気がする。気のせいではないかもしれない。厳罰にすればこの手の犯罪が減る、という単純なものでないことはわかるが、近代法が、私的報復としての敵討ちを否定している以上、私は死刑廃止には賛同できないね。冤罪云々は別次元の話だ。

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2004年9月15日 (水曜日)

くわばらくわばら

ジュビロのことを書いたら、あっという間に桑原監督が解任されてしまった。

かつては監督代行(監督に必要なS級ライセンスを保有していなかったので代行だったが、実質監督)として、優勝したこともあるのだが、日本のプロ野球と違って、サッカーの場合は成績がふるわないと、あっさりとクビになってしまう。まあサッカーの場合、どの国でもそうだけど。

桑原氏とはもちろん直接面識はないが、人の良さそうなおっちゃんという風貌や語り口にもかかわらず、采配はなかなかに勝負師らしいところがあって、私は好きなんだが、残念である。

フロントに戻るのか、それともどこかのチームに移籍するのか。
一度、テレビ解説でも聞いてみたいものである。聞いててじれったくなる加茂氏やサッカー好きの兄ちゃんのおしゃべりでしかない長谷川健太氏などと交代して欲しいものである。

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2004年9月11日 (土曜日)

市町村合併に伴う市名考 その2

たまたまネット上で発見した。群馬じゃ普通に見られるんだろうが。
びっくり、唖然としたので、そのまま引用しちゃう。
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 大間々町、笠懸町、勢多郡東村の合併協議会は10日、公募していた新市名称候補の応募結果を発表した。最も多かったのは「みどり市」(漢字表記も含む)で228票、次いで「わたらせ市」(同)112票▽「赤城市」(ひらがな表記も含む)104票▽「あかがね市」(漢字表記も含む)65票だった。応募総数は868票。得票数も参考にして新市名を決める。
 ユニークな名では「ねこじゃら市」(町村内どこでもある、との理由)、「おかあさん市」(3町村の頭文字「お」「か」「あ」をとって)や、「からっかぜ市」、笠懸町にある岩宿遺跡にちなむ「マンモス市」「狸穴(まみあな)市」「岩宿市」。合併を祝す「すばら市」「寿市」「夢が有る市」などがあった。
 現在の町村名や漢字が使えない条件だったため、合併の将来に夢を託すものが多く、「珍名」も数多く出そろった。小委員会で2候補に絞り、10月下旬以降に新市名が誕生する。【塚本英夫】

9月11日朝刊 (毎日新聞) - 9月11日16時21分更新
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まじめな命名が全くないではないか。これは地名という文化に対する9.11テロである。
さいたま市桜区と同罪程度か。いや、もっと悪いな。桜区の方は、単純に市長がサクラソウを桜の仲間と勘違いしただけのようだから。

最終的にどんな名前になるか、全く恐怖である。わがふるさと群馬もついに莫迦を晒してしまった。
まあ、今回のニュースが西毛地域でないのが不幸中の幸いであるが、いつ西毛地域を同じような不幸が襲わないとも限らない。

合併後の自治体名を一般公募などしてはダメだ。
地理、歴史、民俗学など関連分野の専門家にきちんと検討してもらわないと、どんどんおかしな地名が増えていく。
まあ「新大陸」アメリカ合衆国にも、安直な地名はたくさんあるけれど、こっちは縄文時代からなら一万年の歴史があるんだからな。まあ北の庄→福居(福井)のように、江戸時代に言霊のせいでおめでたい名前に改竄された例も存在するわけでもあるのだが、だからこそ、なおさらここが踏ん張り時でもある。

でも、もう手遅れかもしれないな。

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もう3年

今日は9.11だ。
もう「あれから」3年も立つ。とりあえず自分の国での出来事ではないし、知り合いに犠牲者もいないので、まあ他人事なのだが、テロそのものはいつ自分にふりかかるかわからないから、脳天気ではいられない。

前に地下鉄で、大きな袋を持ってニヤニヤしていた奴がいたので、不気味に感じて降りたこともあったしなあ。
我ながら過剰反応(苦笑)。

いまやテロがもっとも危険な国はロシアになってしまった。
今回の犠牲者は子供も多くて、彼らに対しては率直に気の毒に思うのだが、ロシアもチェチェン人を大量に殺しているというではないか。しかも対立の歴史は帝政ロシア以降、200年にも及ぶ。

日露戦争や日韓併合に否定的な人たち。先人たちのこの歴史がなければ、日本だってチェチェンみたいになっていたかもしれないのだ。

テロは無条件によくない。だからといって、自己満足のように反戦平和を唱えてもなんの意味もない。
いやな世の中に生まれたものだつくづく思う。どうしたらよいのか答えはない。
ただ、自分からテロをすることなど毛頭ないし、もしも自分の国や周囲の人間が侵略されそうになれば、今回子供のために命を投げ打ったベスランの父親たちと同じように戦うしかないな。

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どうしたジュビロ

タイトルにはジュビロと書いているが、実はアントラーズファンである(笑)。
今日は苦手のセレッソ大阪との対戦で、前半終わって1-2で、しかも後半に大久保にゴールを再び決められて1-3になってしまった。いつもならここでお終い、である。優勝した時も最終戦で最下位だったセレッソに負けたことがあったはず。

常勝といわれたアントラーズも、すっかり中位のチームになってしまった。通称「髭」のセレーゾ監督もすっかりマンネリの感がある(^_^;)。今やマリノスとレッズだもんなあ。ガンバもいい線行っているし。

しかし、いつもならやけっぱちとしか思えない「髭」の選手起用が当たってしまったではないか。
大久保に振り切られまくっていた金子をはずして3バックにしたら1点差。
インド戦のロスタイムで完璧な枠外シュートを放った師匠と交代した深井が決勝ゴールだ。

なんだかんだ言っても、アントラーズはそれなりに若手が育ってきている。まだ歯車はかみ合ってないけどね。
その点、ジュビロは主力の高齢化が進んでいるのに、若手が今ひとつみたい。
まあ、アントラーズの数年遅れ、といったところか。

かつては2強と言われた両チーム。
これからもW杯の予選があったりして、代表をたくさん出している両チームとも、リーグ戦は大変だと思うけれど、とりあえず今年は自動降格はないので、残り2/3を頑張ってくらはい。

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2004年9月 9日 (木曜日)

得失点差

バーラト(インド)戦、大停電の後に勝つには勝ったけど....
鈴木~、最後のヘッド決めてくれ。だから「師匠の得意技」なんていつも言われるんだぞ。
最後に得失点差が聞いてくるかもしれない一次予選。

審判もラフプレー容認のアジア仕様だというけれど、後ろから削りすぎだぜ、インド。
アドバンテージを見るのはいいけど、止めたらイエロー出してよ、主審。
宮本の4点目はbeautiful, excellent !

いづれにしても、次のウマーン(オマーン)戦が全て。
代表選手の皆さんはがんばって下さい。応援してます。

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2004年9月 8日 (水曜日)

おちゃらけ

オヤジギャグレベルだけど、
冬ソナは「冬のソナタ」じゃなくて「冬山で遭難」、なんちゃって。

さあ、インド戦だ。

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三菱自動車~!

経営と技術について書いたと思ったら、今朝の毎日新聞の投書欄に、とんでもない投稿があった。
まあ投稿にはやらせもあるようなので、全部を真に受けるつもりもないのだが、今朝のはやらせではないだろう。

ある理工系の女子大学院生の投稿なのだが、学部の頃に受けた設計製図の授業の先生が、三菱自動車の社員の非常勤講師だったとのことで、当時三菱車のリコールが問題になっていたので、そのことを尋ねたら、「会社の利益に反するようなことはできない」という趣旨の回答で、非常に失望したという。

そりゃそうだ。
そんな奴、技術者の風上にも置けねえ。
第一、将来のある若者に、妙な失望感を与えるなど、技術者としてだけでなく、教育者としても失格である。

自慢したくはないが、私も大学の非常勤講師をしていて、零細企業の代表なので、気を遣う上役などいないこともあり、いつも良心に従って教えているつもりである。いけないことはいけない、ときちんと教える。一緒にやっている村山さんという方がいて、私よりも人生経験も仕事の経験も豊かな先輩で、この人も同様のスタンスであり、私自身も学ぶところが多い。

実は、三菱自動車の経営姿勢に関しては、ある知り合いから最近聞いた話がある。経営者レベルの話なのだが、やはりヤバイ話だった。
おそらく三菱グループ全体としては優良企業がほとんどのはずなので、なおのこと特定の会社のスキャンダルは目立つのだろう。

ただ、三菱車だけ取り上げて、火災炎上の報道をするマスコミもどうかと思う。
統計によると日本では、だいたい1日につき4台程度の車両火災が発生しているのだそうだ。
読者の不安を煽って、かつ面白おかしく書き立てる、それこそマッチポンプのような報道はやめて欲しいよね。

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昨日の記事の一部訂正

スピードスケートの代表だったのは、鈴木恵二ではなく、鈴木恵一でした。
お詫びして訂正します。

今夜はサッカーW杯アジア一次予選、対インド戦だ。
アウェーでどんな試合になるか楽しみ。

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2004年9月 7日 (火曜日)

アテネ雑感 とりあえず終わりにする

アテネだけでも書き出すとキリがないが、いろんな人がいろんなところで論評しているし、そろそろ旬でなくなりつつあるので、これを最後にしようと思う。

なので、あまり人が思いつかないような変化球で行く。

日本代表選手団(スタッフを含む)の「人名考」である。

まずは「あいちゃん」。
愛ちゃんが、福原愛、杉山愛、大友愛と3人いる。大友愛が個人的には好み(^_^;)。
んでもって、水泳金メダリストの柴田亜衣がいて、彼女は福原愛に会いたいと言っていたようだ。オリンピックの前後で格が逆転したかも。

男を上げた山本と下げた山本、どちらも40代。
言うまでもなく、前者はアーチェリーの山本博、後者はサッカー監督の山本昌邦。

柔道100Kg超級の鈴木桂治。
かつてスケートの代表に鈴木恵二という選手がいましたな。

2人の坂本直子。
女子マラソンとソフトボール。完全に文字も同じ。こういうこともあるのだなあ。

で、そのマラソンだが、女子の代表は野口、土佐、坂本と、まあ日本人の名字ですな。
Noguchi、Tosa、Sakamoto

一方、男子は、というと油谷、諏訪、国近と来て、日本人離れした響きである。
まずは油谷。Aburaya。Aburahyah。うーん、インド系かアラブ系みたいな響きだ。
次に諏訪。Soi。うん、これはフランス人だな。
そして、国近。Куничка。おお、ロシア人ではないか(笑)。彼の監督の瀬古はSeco。これもラテン系の響きだなあ。

探せばもっといろいろあるはずだが、このあたりで。どうも失礼しました(笑)。

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2004年9月 6日 (月曜日)

技術と経営についてちょっとだけ考える

4日、5日が週末だったので、文字通り三日坊主の様相を呈してしまった。ここで踏ん張らないと(笑)。

昨5日の毎日新聞の一面のコラム「余録」を読んで考えさせられた。
最近のこの手のコラムはあまり質が高いとは思えず、読んでなるほどと思わせるものが少ない。自分で読んではいないが朝日新聞の「天声人語」などボロクソにやっつけている雑誌記事もよく見る。しかし昨日のは違った。

木造船を作る船大工の棟梁を紹介し、日本の風土や歴史に根ざした知恵の結晶としての技術を高く評価している。そして返す刀で、5人の犠牲者を出した関西電力美浜原発の水蒸気噴出事故を例に出して、高度技術への過信、傲慢さを批判し、「匠の心」の喪失を憂慮している。

考えるに、日本の企業社会での文化系優位が原因の一つではないだろうか。
よほどの傲慢かたわけでない限り、技術者=「理系の人間」は、技術の(その時点での)限界や問題点をわかっているはずである。管理職や経営者が、技術のそうした限界を謙虚に理解しようとしない「文系人間」である場合、現場の技術者の声は経営に反映されにくくなる。

もちろん、文系出身者の中にも技術に対して理解を示す、あるいは熱心に勉強して理系出身者も顔負けの知識をもっている人も少なくない。しかし、それは恐らく少数であろうし、そういう人を生み出す社会の仕組みがあるのではなく、あくまで個人の資質によるものだろうとも思う。

最近の小学生は4割くらいが、太陽が地球の周りを回っている、と思っているという調査結果も最近発表され、理数系の教育自体のあり方も考えなければいけないが、文系出身者の理工系分野への関心を深める努力も必要である。さらに言えば、理工系出身者も、経営や社会のことをもっと勉強すべきである。技術に対する自信と謙虚さとを併せ持った技術者が、同時によい経営者たり得た時(既にそういう人もいるが)、技術に対する人々の信頼性は、現在よりも向上し、匠の心が社会により強固に受け継がれていくはずである。

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2004年9月 3日 (金曜日)

どうでもいいけど気になること

実は7月の参議院選挙直後から気になっていたのだけれど、猛暑のせいで忘れかけていて、今日自宅への帰途、ふと思い出した。

共産党の志位(ATOKの変換候補の最下位に出てくるゾ)委員長って、どこに行っちゃったんだろう?
共産党の支持者でも何でもないし、むしろなくなってくれた方がいいと思う政党の一つなのだが、やっぱり気になる。

そもそも選挙前から、前委員長の不和、じゃなくて不破議長に虐められて心身症にかかっている、という報道もあったくらいで、となると、選挙区全滅の4議席しか確保できなかった、ということで、当然のように失脚したのではないかと思ってしまう。投票翌日の記者会見を、父親が急病で出席できないとキャンセルし、その後何の情報もないのも怪しい。もともと志位氏を抜擢したのは宮本前議長だともいうし、その宮本氏も生きているのか死んでいるのかわからない状態だから、後ろ盾もないのだろう。

昨年は、筆坂氏がセクハラ疑惑で失脚しているし、党勢衰退の中で、共産党の権力構造が変化しているのだろう。
もっとも、これだけ衰退すると、権力構造の「変化」などという生やさしいものではなく、求心力そのものが無くなりつつあるのかもしれない。

どうでもいいけど気になることって、結構あるな、としみじみ思ってしまった。

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2004年9月 2日 (木曜日)

アテネ雑感 その3

しばらくアテネネタだがご容赦を。
銅メダルだった野球チームの誰か(ダイエーの和田投手だったかな)が、銅は金と同じと書くからこれでいい、と言っていたのが報じられた。強がりかもしれないが、まあ監督不在ではこれでよしとすべきだろう。

これは男子レスリングチームにも伝染したようで、銅メダル二個という成果に、やはり銅は金と同じと言ったことが報道され、こちらは満足だったようである。

ところで、オリンピックの公用語はフランス語と英語であり、今回の大会ではギリシャ語、フランス語、英語の順でアナウンスがなされた。

金メダルはフランス語でmedal d'or(メダールドール)とアナウンスされたが、「メダル銅」に聞こえる。やはり銅メダルは金メダルと同じだったか(笑)。

近代オリンピックの創始者クーベルタン男爵がフランス人だから、というけれど、もともと19世紀までフランス語はヨーロッパ貴族社会の事実上の公用語で、アマチュアスポーツもその貴族達が牛耳っていたのだから、フランス語が優位なのはある意味当然かもしれない。サッカーの国際組織FIFAだって、これはフランス語だもんね。Federation International de Football Association(字面だけ見ると英語に見えるけれど、これはフランス語。eの上のアクサン記号は表示してないけど)。英語ならInternational Federation of Assocation Footballだ。

銀メダルはmedal d'argent(メダルダルジャン)で、この銀を意味するargentは南米のアルゼンチンの語源でもある。こちらはスペイン語でアルヘンティーナだが、同じラテン系の言語である。そのアルゼンチン(銀の国)のサッカーチームが群を抜く強さで、同国史上初のサッカー金メダルを獲得した。

銀はパラグアイ、銅はイタリアで、この2チームは日本がグループリーグで当たって、いずれも序盤の失点で敗退したチームである。
この結果を見て、NHKの堀尾アナは「日本が勝っていればここにいたのに」と放送中に漏らしたが、彼は2002年の日韓ワールドカップでも似たようなことを言っていた。決勝トーナメント一回戦で日本代表が負けたトルコが三位になったからである。
なんというか、公共放送のスポーツ番組担当のアナウンサーとしては、往生際の悪い発言である。ま、きっとこれは辞めるまでなおらないだろうな。

さて、そのギリシャ語だが、国の名前が例えば日本はヤパニア、東シナ海の向こう側の覇権国家はキーナ、イタリアはイターリア、オーストラリアはオーストラリア(そのまんまだ)、デンマークはダニアなど、普通に聞いていてわかるのが多い。当たり前か。
アメリカ合衆国だが、United States of Americaのギリシャ語版で、自分の耳にはシノメノス・ポリシース・アメリーキアと聞こえた。誰か正しいのを教えて!

面白かったのは、ドイツとフランス。
ドイツがゲルマーニアなのはまだいいとして、フランスはガリアだ。
おおっ、タキトゥスのゲルマニア、カエサルのガリア戦記ではないか。こういうところがギリシャなんだなあ、と一人訳のわからない感慨に浸ったものである。2人ともローマだけどね。

フランス語でオランダはpay bas(ペイバ)、すなわち低地の国という意味。
Nederlandをそのままフランス語にしてしまっている。外来語を避けて言語の純化をやろうとするとこうなる。最近、日本でもカタカナ語の言い換えと称して、逆に珍妙な漢字言葉が新聞を賑わしている。

4年後のオリンピックは漢字しかない言語の国だから、これまた面白いことになりそうだ。なにしろサッカーアジアカップを見ていたら、バーレーンが巴林だもんね。でも、そのアジアカップを見ていて、本当に4年後のオリンピックは開催できるんだろうか、と思った人も少なくないだろう。モスクワオリンピックボイコットという1980年の悲劇を繰り返して欲しくないね。

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法治国家なのか放置国家なのか -路上喫煙と自転車-

私の住んでいる東京都板橋区で、エコポリス板橋クリーン条例なるものが今年7月1日から施行された。より正確に言うと改正されたらしい。
これによると、以前の条例ではポイ捨て禁止をしていたらしい(らしい、と書いたのは、いたるところにポイ捨てが見られるからである。ひどいのになると雨水排水溝に吸い殻を投げ込んでいる輩も少なくない)が、加えて歩きタバコ(歩行喫煙)を禁止するのだそうな。

となると、立ち読みお断りの本屋で座って読めばいいだろう、とばかりに立ち止まって吸うのはいいだろう、という揚げ足取りが出てくるのは必定だ。ま、本屋の場合、実際に池袋のジュンク堂は椅子まで用意して座って読んで下さい、とやっているわけだが。

要は路上喫煙の禁止な訳で、区のサイトにも10月からは「路上禁煙地区」が指定される、と告知されている。これとても先行している都心部で、あまり実効がないように見える。禁止地区でスパスパやっているの、結構見かける。神保町で4人がかりで摘発しているのを見たこともあるけど。ポイ捨て禁止だって、先行的に導入した池袋で、下を見ると散乱している吸い殻のひどいことひどいこと。

板橋区の場合、路上禁煙地区は、人が多く集まる場所ということで、当初成増駅周辺地区、上板橋駅周辺地区、大山駅・区役所周辺地区の3地区が指定されることになった。
しかし、いつものパターンで当初は罰則(科料)を適用しないのだそうだ。これじゃ実効性ないよね。賛否両論あるけれど、ここはひとつシンガポールを見習ってみたらどうだろうか。ガムまで禁止して欲しくないけどね。

今日も板橋区役所駅付近の路上で、歩行喫煙している男から煙を浴びせられた。
喫煙問題は、決して個人の嗜好やモラルの問題ではない。
自宅と志村3丁目駅の間も路上喫煙が多い。通勤者がスパスパやっている。彼らは会社でも禁煙、家でもホタル族なのだろう。でも同情はしないよ。これまで喫煙者は好き勝手にタバコを吸って、非喫煙者の被る迷惑に無頓着だったのだから。

高崎で聞いた話だが、中学校内を全面禁煙にしたら、先生が校門のところでスパスパやりだしたそうな。外から見るとみっともないようで、その話をしてくれた人は(ヘビーではない)喫煙者なのである。かつては「不良な生徒」が隠れてこそこそタバコを吸っていたのだが、変われば変わるものだ。

さて、その板橋区が、自転車問題にも熱心に取り組んでいる。
自転車の事故が多いからだ。死亡事故まで発生している。車両区分では、自転車は軽車両であり、れっきとした車両なのだ。10何kgかの金属の固まりと体重数十キロの人間が時速10~20キロくらいで進んでいるのだから、当たり前か。

実際、私も猛スピードのママチャリにぶつけられたことがある。痛かったよ。高校生の頃、スピード出して自転車運転して、小さな女の子にぶつかったことがあるけど、反省してます。

最近目に余るのが、携帯電話で通話やメールをしながらの自転車の運転。
自動車に関しては、取り締まりと罰則が強化されるようだが、自転車も警察官が見つけたら即罰金徴収くらいにすべきだろう。

ついでに、歩道(自転車通行帯を整備した広幅員のものは除く)から自転車を締め出すべきである。「自転車歩道通行可」として例外的に認めた自転車の歩道通行だが、いつのまにか我が物顔で走っている。ベルを鳴らしながらそこのけ運転する、という悪質なのは、はっきり言って、おばさんとじいさんに多い。あんた何様?

自転車は本来の区分である車道を走らせるべきである。車道を少し削って自転車通行帯を設置すればいい。
それでも携帯したけりゃどうぞ。携帯しながら運転している自動車と携帯しながら運転している自転車が衝突して、迷惑な奴が同時に2人いなくなるわけだ。

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2004年9月 1日 (水曜日)

市町村合併に伴う市名考 その1

秋田県の能代市と山本郡7市町村が合併して出来る新市の名前が「白神市」と決まったと昨日報じられた。

市町村合併に対する賛否はさておき、市名についてはひどい例が多すぎ、これは一種の文化破壊であると言わざるを得ない。今回の白神市もその一つだろう。

地元でないので、最適な名称の判断はつきかねるが、本来ならば、能代市か山本市が妥当なのだろう。

しかし、世界遺産である白神山地にあやかろう、という魂胆が見え見えである。
この命名は、従来も批判されてきた「僭称」の一つと見てよいだろう。岐阜県飛騨市、香川県さぬき市(こっちはひらがな市名でさらにたちが悪い)などである。白神山地は青森県にもまたがっており、今回の地域が白神市を名乗ることに関して、「本家はこっち」と青森県議会で話題になるのもむべなるかな、である。しかし、この青森県でもたった2町村(深浦町と岩崎村)が合併して白神町が新町名の候補だというのだから、どっちもどっちと言うべきか。

青森、岩手、秋田の北東北三県は、県レベルでの合併まで知事間では議論されているが、内部にはこうした問題もはらんでいるわけである。

白神山地はせっかくの貴重な原生林で世界遺産なのだから、狭い範囲の自治体の名前には用いず、もっと敬意をもって接するべきだろう。

そういえば、静岡県富士市なんてのもあったな。

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アテネ雑感 その2

さて、その柔道であるが、井上が敗れたVan der Geest(ヴァンデルへースト)と同じ姓の選手が翌日の100kg超級にもいる(@_@)。と思ったら兄弟だそうで。

で、こちらの兄は銅メダルを取ったわけだが、表彰式の時の花束贈呈役が、東京オリンピックで金メダルを取ったヘーシンク(Geesink)で、なにやら言葉を交わしていたのが印象的。

で、いつも思うのが、外国選手の名前の読み方。
この時のNHKのアナ氏(名前忘れた)はヴァンデルギーストと何度も叫んでいた。
上の記述でわかるようにオランダ語の(アクセントのある)geeという綴りは「へー」と発音するのだが、片方でヘーシンクといい、もう一方でギーストと言える神経がよくわからん。水泳のホーヘンバンドはちゃんと発音しているのにねえ。
場内放送でへースト、と聞こえた直後の1回だけは申し訳にヒーストと言っていたが、その後はまたギーストに逆戻り。いやはや。ついでにvanもドイツ語では「ファン」だが、オランダ語では「ヴァン」である。オランダ製の有名なココアにヴァンホーテン(Van Houten)というのがあるのだ。もっともこれもヴァンハウテンが正しいのだが。

自分が知っているとどうしても気になるのでしかたがないが、フィンランド人の人名もちょいといい加減。今回気になったのは、レスリングのYli-Hannuksela。イリハンヌクセラと発音され、新聞もそういう表記だが、ユリ・ハンヌクセラに近い発音だ。フィンランド語のyはドイツ語のuウムラウトとほぼ同じ発音である。

韓国人のChoi(チェ、崔)さんも、しばしばそのまま読まれてチョイさんになる。これはハングルを知っていれば間違えないのだが(o+iの組み合わせの文字がエと発音される)。

フランス人の名前は、もういいです(笑)。

ハンガリー人の名前だが、日本語の放送なら姓名の順に言って欲しい。なぜって、ハンガリー人も日本人と同じくこの順なのだ。
ハンガリー人で思い出したが、リレハンメルだか長野だか忘れたが、スケート選手でKovacsという選手がいた(aの上にはアクセント記号のような長音記号が付く)。これはコヴァーチと発音するのだが、アナ氏は思いっきりコヴァックスと発音していて、笑ってしまった。体操の技に名前を残しているハンガリー選手もいるし、クラシック音楽ファンなら、往年の名クラリネット奏者にもこの名前があることを知っている(人もいる)。csで一つの子音を表しているわけ。

その点、ハンガリー語のsを今回はきちんと英語のshと等価の音として伝えていたのは評価できる。
ハンマー投げのAnnusとPars。もっとも前者はアヌシュと表記・発音されたが、nが二つの長子音なので、アンヌシュが正しい。尻に他人の尿を入れていたようなので、アヌスなどと茶化している漫画も見かけたけど(笑)。後者はパルシュ。ちなみに、ハンガリー語で英語のsと等価の音を表記する時はszと書く。

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アテネ雑感 その1

オリンピックが終わってしまった。
これで寝不足の日々から解放される(かもしれない)が、寂しいものである。そう感じている人はたくさんいるだろう。

今更遅いのは承知で、自分なりのコメントを残しておこうと思う。

開会式は見なかった。近年のオリンピックの過度の演出や装飾が好きでないからだが、周囲の誰も開会式のことを話題にしないこともあり、見なくて残念という気持ちはない。

ジーンと来て涙が出そうになったのが、体操男子団体の金メダル。
ローマ、東京、メキシコ、ミュンヒェン(注1)、モントリオールと、自分が生まれてから5回連続の金メダルは私の未成年の時期と一致しているのである。だから28年前の金は歴史上のことではなく、自分の人生と重ねられる。当時は浪人していたし、その後のボイコットしたモスクワ大会以降金が撮れなくなった、ということも実際に知っている。そうしたことが根底にあって、目頭が思わず熱くなったのだと思う。

もっとも自分で主体的にオリンピックをテレビで見た記憶があるのは少学5年生のメキシコ大会以降で、この時はサッカーの銅メダルにも感激したものだ。

話がそれてしまうが、だからこそ今回のサッカー男子のふがいなさには腹が立つ。
3級審判員の身でもあり(^_^;)、本来であれば、サッカーについてはいろいろとコメントしたいところだが、今回は初戦の最初の5分で全てが終わってしまったもんねえ。山本昌邦監督が犬顔だと言うけれど、彼は戌年生まれですよ。

柔道の快進撃も見事。
これまでの大会では金は取ったものの、見ていてお預けを食らったような、力を出し切れずにプレッシャーに負けた試合がよくあったので、そういう意味でも選手たちはよくやったと思う。

今回、群馬出身の唯一のメダリスト(毎日新聞の記事による)横沢由貴。翌日新聞見るまで同郷だと知らなかった。本人は銀で悔しがっていたが、キューバ人の世界チャンピオン相手の準決勝の土壇場の逆転一本勝ちは金以上の価値がある。あれで他種目も含めて日本選手団は大いに力づけられたはず。

井上康生の敗戦の原因はいろいろと書かれているけれど、複数のメディアが取り上げていて説得力があったのが、欧州各国のビデオによる包囲網でやられた、という話。山下泰裕氏の指令で実際にスタッフが6月くらいに渡欧して確認したそうで、井上自身も、一人が新しいことをやるとすぐに他の選手がまねをする、と言っていたようで、こういうのも「確実な金候補」にはプレッシャーになるのだろう。ともあれ、銀の2選手とともに捲土重来を期待したい。
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注1:通常我が国ではミュンヘンと表記されるが、ドイツ語の発音はミュンヒェンに近いので、私は通常こちらの表記を用います。ドイツ語のテキストにはだいたいミュンヒェンと書いてあるのですがねえ。

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天災は忘れた頃にやってくる

私は日記を書くのに向かない男である。子供の頃に夏休みの宿題などで日記帳を手にしたことはあるが、自分で日記を買ったことがない。無駄だとわかっているからだ。

このブログにしてからが、5月に申し込んだのに、設定した今日はもう9月だ(笑)。
もっとも5月に申し込んだのは6月まで無料だ、という気軽さがあったからだが、そんなものはとっくに過ぎてしまった。関東大震災の日。天災は忘れた頃にやってくる、というが、私のブログも本人が忘れそうになった頃に始まる。

オリンピックの日本選手団の活躍に刺激されたせいもあるけれど(^_^;)、無駄遣いはいやなので、始めてみることにしたが、いつまで続くことやら。もっとも、本当に無駄遣いが嫌なら、ブログそのものをキャンセルすればいいわけだけれど。

さて、ブログ名の「薄唇短舌」であるが、こんな言葉は存在せず(だと思う)、自分で勝手に作った訳だが、一応説明しておくことにする。

子供の頃からおしゃべりで、周囲の大人からは「口から先に生まれた」(普通に頭から出てきてますが)とか、戌年生まれのこともあって「スピッツ」とか言われた。スピッツといったのは、スピッツを飼っていた伯母である。
唇が薄いのと舌が短いのが、おしゃべりであることの本当の身体的理由ではないかと自分では考えている。これだけのことである。ついでに猫舌なので、URLにはnekojitaなんて単語も使っている。URLにはteaなんて単語が選べたので、88th-nigth(八十八夜のつもり)という文字列も使ってみたというわけ。猫舌でも熱い新茶は旨いものである。

ということで、お茶のみ談義の始まり、始まり。

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